中国史劇の人物描写

 中国の史劇を見て思うのは、登場人物の多彩さである。何人もの人物が登場し、場面が変わるとあっけなく消えてゆく。始めのうちはそれが不自然でついてゆけない感じがした。かなり深刻なドラマが繰り広げられたのに、次の場面ではもう語られない。あっけないという言葉では表現しきれない。

 島国に密集して生活している私たちとは世界観が根本的に違うのだろう。非常に多くの人がゆき交う中で、繰り広げられる偶然のドラマが中国史劇の関心事なのだ。敗者になればそのまま前景から見えなくなり、消えた理由は特に語られない。日本なら、敗者も例えば怨霊という形で残り、いつまでも現世に影響を与え続ける。人間関係が濃厚であり、個々の人生が歴史に関わっている。

 そういう風土で暮らしている私たちにとって中国史劇の潔い人物描写は違和感を覚えるとともにエキゾシズムを感じるのである。似ているけれども全く違う。東アジアの芸術を観るときの感慨はここでもあてはまる。

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