「あ、自分ってもう立派に大人だな」と実感した瞬間はいつ?
大人をどう定義するのかで回答は変わるが、自己基準によれば、大人という基準には自分は達していないと考えている。漢文でいう「うし」もしくは「たいじん」と読まれる大人は徳の高い尊敬される人物のことである。この方面に関してはいまだ全く目標にたどり着けない。自覚の問題ではなく、他者の自分への評価を俯瞰すれば明らかである。
一方で小事を飲み込んで目的に絞り込むという技ができることは別義の大人の域に達しているのかもしれない。要するに妥協することに甘んじられるということで、褒められることではない。でも、そういう受けとめができることが社会を円滑にしていることは確かなのであり、その意味では幾分かの成長の跡は自認するのである。
最も大人を感じるのは、経験という鏡を持ち得たことにある。毎日の経験を常に過去の先例と照合して、その差分から事態を把握するのは年の功以外の何ものでもあるまい。それは必ずしもよいことばかりではないが、日常の困難さを和らげていることは確かなのだ。
大人になることはネット検索だけでは達成できない。いろいろな経験の中で成功や失敗を味わいながら、知らないうちにそうなっている。
