雑念がわくのは意味がある

 何かに集中しなければいけないときに他の様々なことが想起されて思考を邪魔することを雑念ということがある。私はこの意味の雑念の多いたちなのでこれに悩んでいた。ところが歳を重ねるに従いこの雑念が減った気がする。

 集中力が向上したというわけではない。何か別の話題が浮上してやるべきことを妨げることは減った。しかし、何も考えずに茫然としてしまうことがふえたように思う。CMのコンテンツがなく、イメージ画像を流すような感じだ。呆けるとはこのようなことなのだろうか。

 現時点ではいま自分は何も考えず時間を過ごしているというメタ認知のようなものは機能している。これがいつの日にかなくなるときが来るのだろうか。雑念に悩んでいた頃は僧侶のような無の境地を憧憬したが、あるいは雑念が湧くということは大切な生命力のしるしなのではないかと考え直している。

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