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デジタルメモ

 デジタルメモといえば手書きのノートパッドのようなものを連想する人は多いだろう。最近は安価なものがコンビニでも手に入る。残念なのは保存や転送ができないことだ。できる機種もあるのだが途端に値段が跳ね上がる。もう一つのデジタルメモがポメラなどのキーボード付きの媒体である。これにはモノクロ液晶と小型パソコン並みのキーボードがついている。メールもネットもできない。ひたすら文字を入力するだけのためのものである。私が今一番欲しいのはこれだ。

 ポメラで入力したデータはQRコード化され、それをスキャンしてパソコンやスマートフォンに転送するという。その発想も面白い。最新機種はWi-Fi接続もできるらしいが、とにかく文字入力以外のことはほとんどできないのがこのデバイスのおもしろいところだ。6万円前後の価格は低機能パソコンと同じくらいであり、少々迷う。毎日重いラップトップを持ち運んでいることを考えながら、ほとんど文字入力しかせず、ネットの誘惑で一向に仕事が進まない体たらくを思えばこうした割り切りも意味があるのかもしれない。

 私にはこのような機械に対する執着が定期的に起こる。中には使い込んでいるものもあるが、すぐに飽きてしまったものもある。使い込んでいるものは自分の学習や仕事を大変革したが、そうでないものは無駄金になった。このデバイスはどうだろう。もう少し考えてみたい。

簡単に作れるコバエとり

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 コバエが発生すると厄介だ。トラップのようなものも売っているがあまりとれない。困っていたところ、小学生のころ教えてもらったやり方を思い出した。それをもっと簡単に工夫したら結構取れることが分かった。

 小学校でなぜかショウジョウバエの観察をしたことがある。産卵から成虫になるまでの時間が短いので観察に向いていたのだろう。今から考えると何がうれしくてハエを飼っていたのかと思うが、同じようにアリも飼っていたことを思えば、我ながら子供のころの好奇心はどこに消えたのかと思う。

 さて、小学生の時のハエのとり方は口の小さめの瓶に果物のカスなどの餌を入れ、紙で漏斗をつくりかぶせると、コバエは入ることはできるが出ることはできないというものだった。漏斗をどう固定するかが問題なるが確か輪ゴムか何かで留めたのだろう。結構捕ることができた。

 このことを思い出したが、もっと簡単に同じ効果を再現できないかと考えたところ以下の方法にただりついた。ペットボトルのキャップに錐などで2ミリくらいの穴をあける。一つでも二つでもいい。錐を刺すときは外側から行う必要がある。ペットボトルに醤油をほんの少し入れる。穴をあけたボトルのキャップを締め、ハエの出そうなところに置く。

 すると面白いようにハエが入っていく。どうもハエはにおいに敏感らしく、醤油に誘引されていくようだ。さらに穴に潜り込む本能もあるらしい。一度入ったら出るのはかなり難しい。だから結果としてどんどん取れていく。飲み終わったあとのペットボトルとごくわずかな醤油だけで効果がある。もう金を使ってトラップを用意する必要はない。コバエに困っている人がいれば試してほしい。

使う分だけ作るエネルギー

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 資源のない国にとってエネルギー問題は死活問題である。発電に限って言えばほとんどを火力で行っている。2020年度のエネルギー供給では、化石燃料による火力発電が76.3%を占め、その原料は石油が6.3%、石炭が31.0%、LNG(液化天然ガス)が39.0%だった。原子力発電は東日本大震災以来停止している発電所が多い。再生可能エネルギーとして、水力、風力、太陽光、水素、地熱などのエネルギー源もあるが、いずれもコスト、効率などの問題点を抱えており、普及していない。

 これらのすべてに共通するのは使用するエネルギーを大規模な発電施設に依存し、そこから送電したものを消費するという考え方だ。ここを変えていかなくてはならないと考える。もちろん最低限のインフラとして公共施設は安定した大規模エネルギー施設からの供給を受けるべきだろう。しかし、その一方で個人や企業が自分の消費するエネルギーの半分以上は自前で生産できるシステムを作るべきではないだろうか。

 太陽光パネルや風車による発電はイメージしやすい。しかし、現状では効率が悪く、設置や廃棄にかかる費用やカーボンニュートラルの方面に関して問題があるという。技術者の皆さんにはこの点に注目し、小規模発電でもいいので安全に確実な製品を開発してほしい。かつては屋根の上に太陽光温水器をつけている家庭がかなり見られた。太陽光パネルもある程度利用されている。それぞれには問題もあるようで改良はしなくてはなるまい。集合住宅でも同様の工夫はできないだろうか。鉄道などは各駅や線路わきに太陽、風力などの発電施設を作ることはできそうだ。高層ビルも屋上や壁面に発電システムを組み込むことはできるのではないか。

 基本的な概念は使う分だけ作るというエネルギーに対する考え方を変えることである。作れる以上のエネルギー消費はしないという精神にもつながる。このイノベーションこそ、日本を世界を変えるものとなるだろう。

ひかえめに

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 かなりひかえめに蝉が鳴き始めた。今年は蝉が少ないと思ってしまうが、真実は蝉の鳴く季節の前に真夏の暑さが来てしまったということだ。

 蝉が鳴くと生命の高まりを感じることもあるが、騒がしくもある。しかし、あるべき風景に蝉が鳴かないと何かおかしいと感じてしまうから不思議なものだ。ニイニイゼミは年々少なくなっている気がするし、アブラゼミやミンミンとともにクマゼミも増えてきたと言われている。そのどれもがいまのところほとんど鳴いていない。

 昨日は近隣の市で出された洪水に関する避難勧告の警報音に驚かされた。被害は出ていないようだが、今後も豪雨が降る可能性はあるということなので気をつけねばなるまい。

蝉しぐれはまだ

 約一か月早く来た猛暑の日々だが、ここまでのところ何かが違うと感じていた。それはあの騒がしい蝉の声が聞こえないということだ。数日前の新聞でも報じられていたが、同じような違和感を持っている人は多いはずだ。

 セミが鳴かない理由は簡単に言うと季節の進行の速さについていけていないということらしい。蝉が成長する前に気温が上がってしまったというわけである。昨日の朝、私の住まい近くでは多くの羽蟻が発生した。ようやく昆虫の世界が季節に対応し始めたのかもしれない。

 セミのいない夏が終わり、まもなくセミの鳴く夏が来る。まだ暑い日が続くのかもしれない。いろいろな意味で調子を外しそうだ。変な季節を楽しむしかあるまい。

サクラ

充電設備が鍵

 日産自動車の電気自動車サクラは価格が抑えられたこともあって、普及が考えられる。課題は充電用のインフラが十分でないことだ。

 電気自動車が環境対策の最適解なのかという疑問は消えないが、少なくともヨーロッパからはガソリン車はなくなっていく。日本も時代の流れにはついていく必要がある。水素エネルギーの開発などの次世代技術を進めながらも、近未来的にはEVの時代を通過することは間違いない。トヨタも大胆な電気自動車化を発表しているが、日産の動きは速い。LEAFは先駆的だが、価格が高すぎる。中国の格安の電気自動車や韓国の比較的高性能な電気自動車は日本の先を行っている。

 日本の電気自動車といえば三菱のアイミーブという先駆的存在がある。これも軽自動車の車体であった。三菱を傘下に置く日産に技術者が合流したこともこの流れに何か関係しているのだろうか。日本の風土には軽車両があっており、一定の需要がある。今回のサクラは軽といっても大きめの車両である。安全性とエネルギー系のインフラが確保できれば普及も考えられる。

通信障害から

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 KDDIの通信障害の回復にはかなり時間がかかっているようだ。我が家のau端末はいったんアンテナ4本を取り戻したのに、いまは「圏外」になっている。自宅のWi-Fiが頼りだ。おそらく技術者の皆さんはいま難題に立ち向かっているのだろう。障害発生には責任追及が必要だが、その前に回復のために尽力している皆さんに敬意を表しておく。

 さて、この障害から分かったことがいくつかある。まずこれが一社のサービス不調にとどまらないということだ。気象通信システムや電子決済、チケットなどのサービスが使えなくなったという。インターネットが前提となっているサービスが軒並み影響を受けたというのだ。この騒動で知ったことだが、コネクテッドカーなる自動車のICTサービスというものもあるらしい。トヨタ自動車はKDDIとの親和性が強いらしく(出資しているらしい)、トヨタの最新設備も影響を受けているようだ。IoTの時代ではもう電話ができないというだけでは済まないのである。

 何かを仮に消してみたら生活がどう変わるかという思考実験のようなものは私たちが時々試みることだ。今回のように本当にそういうことが起きたら、見えなかったものがいきなり表面化する。ついでに想像をたくましくして考えてみよう。渋谷に行くときに東横線が止まったらJRにするとか、地下鉄を使うとかはよくあることだ。通信会社はどうだろう。A社がだめなら、一時的にB社が肩代わりするといったことは通信の世界ではできないのだろうか。東横線から振り替え輸送してきた客でいっぱいになった東海道線がさらに遅くなる、最悪の場合止まってしまうということもあり得る。ならば初めから振り替えなどしない方がいいのか。9時までに渋谷につかないと大切な契約ができず、財産を失うというひとの場合はどうなのか。そういうたとえをいちいち考えておく必要を感じたのである。

 家族割のようなものを使って家族をおなじキャリアのユーザーにしてしまうのは業者にとっても、利用者にとっても価値があるものと思っていた。しかし、今回のようなことはこれで最後ではあるまい。どこかが止まったら別に切り替えるという選択肢を持っている方がいいのかもしれない。あるいは何もせずに駅のベンチで待って紙の本を読んで賢くなる方が実は一番懸命なのかもしれないが。

インフラ不調

もしもし繋がってますか?

 auの携帯電話が繋がりにくい状況が続いている。いまだ復旧作業が続いているらしい。携帯電話の通話のみならず回線を利用した各種サービスが影響を受けている。このところこうしたインフラの不調が時々表面化する。不安だ。

 技術大国を自認する日本においてインフラの不調はあってはならないことだろう。今回のような通信関係のみならず、建造物などのハードウェアに関してもメンテナンスが行き届かないことが原因で事故が起きている。

 一概に言えないが効率化を進めるあまり大切なものを切り捨ててしまったのではないか。最悪の事態に備えておくということがおろそかになってはいないだろうか。

 まずは自分の力の及ぶ範囲でインフラ不調時の対策をしておこう。できることは限られているがやらないよりはいい。

中元

中元の贈り物の定番は素麺、私も好きです。

 中元は仏教行事とされているが、さらにさかのぼると中国の土着信仰に期限を持つらしい。道教として整理されているものだ。旧暦7月15 日に行われるのがアジアの多数地域での例だ。ただし日本では旧暦を重んじないため、新暦の7 月15 日もしくはひと月遅らせた(月遅れという)8月15日をその日とする。東京では7月15日の方をとり、先祖祭りをする習慣がある。最近はかなり廃れているが。

 中元という意識はなくなっても「お中元」はサマーギフトとも考えられ、贈り物をする習慣は根強い。本来は先祖への供物であったが、江戸時代には商売関係や師匠へのお礼の品を贈る習慣があったようだ。現在はこれも虚礼として廃す傾向にある。教員を始めたころ、生徒の父兄から中元が来て戸惑ったことがある。いまは住所や電話番号自体を明かさないのでこの方面の恐縮は不要になった。

 無駄な虚礼はやめた方がいい。また、一歩間違えば贈収賄にもなりかねない。間違ったことはしたくない。ただ、この中元という習慣はそれなりに社会的な役割を果たしているのではないだろうか。親戚縁者に贈り物をすることにより、紐帯を確認しあうのは無駄なことではない。形式化するのは問題だが、遠く離れている相手に自分が心を向けているという事実を形で示すのは意味がある。

 この歳になると人からものをもらうのは何か気が引けるが、贈る方はやってみたい気になる。なぜだろう。決して優越感ではない。誰かのためになること、誰かが喜ぶことをしたいと思うようになることが歳を重ねるということなのかもしれない。ただ多くの場合、それができず逆に迷惑をかけてしまうものなのだけれど。

高温

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 天気予報によるとこれからしばらくは最高気温が30℃を超える。なかには36℃を予想している日もある。梅雨時の多湿もあり体調管理が課題だ。

 降水確率を見るとこれも低い。梅雨が明けたかのような天気記号が並んでいる。おそらくこの後に大雨の揺り戻しがあるのだろうが、1か月早く真夏になってしまうかの予報になっている。これでは身体が持たない。最近少し太り気味で疲れやすくなっていることもある。健康に気をつけながら少しずつ鍛錬をしていこう。

 基本的には夏は嫌いではない。ただ、極端な暑さはそのなかにさまざまな滅びの予兆が感じられるので不安になる。このように感じる人は多いのではないだろうか。盛者必衰を感じるのは私の場合、この季節なのである。