タグ: 気候

プラス2.36

今年の日本の夏の暑さは平年より2.36℃高く、観測史上最高なのだそうだ。昨日も9月の始まりとは思えない猛暑で気候変動が夢物語のように語られていたことが遥か昔日の感がする。

パリ協定の目標値が産業革命時から1.5℃の上昇に抑えることであったと記憶している。夏だけの日本の観測地とは条件が異なるが、どうもこの人類の悲願は達成できそうもない。僅かな気温上昇が氷河を融解し、海面上昇が多くの人々の生活圏を奪う。誰のせいか分からないが気がついたら、人間が住めない地域が増えていたということがSFレベルを越えて現前している。

ならばお前からエネルギーを節約する生活に変えよと言われても現実的ではない。車に乗りたいし、遠くの産地の美味しい食材もほしい。できる範囲で何ができるのかを考えた方がよいとしか言えない。

いまだに温暖化人為説は陰謀だとか非科学的だとか、地球史的には今後寒冷化に向かうとかさまざまな言説があるが、いまできそうなことを試してみることは必要だろう。

少し先のことを考える

 中学生のときの社会科の教科書に小さなコラムがあった。このままでは、地球の温度が少しずつ上昇するかもしれないというものだった。授業では扱わなかったし、そんなことが本当に起きるはずはないとほとんどの人が思っていた。

 それから続く気象データの異変は、温暖化や気候変動といつた言葉で説明されるようになった。15年以上前のテレビ番組で、もしかしたら将来は桜の開花が1月か2月まで前倒しするかもしれないという内容のことがコメントされていた。その時も大げさだ。SFだと思った。

 残念ながら、それらの予言のいくつかは当たり、あるいはその状態になる過程にあるといえる。気候の変化が災害をもたらし、農業や漁業などに大きな影響を与えている。予め知らされていてももはやどうしようもないと思えるほどになっている。

 より俯瞰的な視点を取れば、地球はこのあと寒冷期に入るともいう。だが、たかだか100年、それにも達しない寿命しかないヒトにとっては、数世代あとまでのことを考えるのが精一杯だ。その間の変動で幾つもの種が絶滅し、そうではなくても深刻な危機が訪れる。人間にとってはそれらがもたらす動揺が動乱やテロ、そして戦争を誘発し、自滅の道を進むきっかけになるかもしれない。

 少し先のことを考えることは大切である。地球規模の歴史を考えると我々は無力であり、いかに今ある世界を保全し後代に伝えるかを考える方がよい。気候変動はそれを気づかせるためのものなのかもしれない。

関東梅雨明け、早すぎるけれど

 関東地方は梅雨明けだそうだ。はっきりしない梅雨だった。夏と冬に侵食されてその他の季節が希薄になっていく現象に梅雨も巻き込まれているらしい。

 これからかなり高温の毎日が続くが、雨も恐らく降るだろう。ゲリラ雷雨のような短期集中型の大雨だ。スコールのような雨という形容があるがもはや日本はスコールの降る国になったのだ。それに見合うインフラを造らなくては立ち行かなくなっている。

 古典文学の世界では春秋こそが詩情溢れる季節であり、夏冬はその間の季節に過ぎない。その不粋な季節が今やこの国を覆い尽くそうとしている。ならば文化というものも少しずつ変わらざるを得ない。未来の日本が果たしてどのような情緒を重んじているのか。気になってきた。私はもうこの世にはいない世界だが。

猛暑予報

 今夏も暑くなることが予想されている。かつては部活動の間に水を飲むこと自体が難しい雰囲気があった。日射病は身体が弱かったり、精神力欠如が問題だと言われたこともあった。今から考えると恐ろしい誤解だ。

 そういう論理が通ったのも、今ほど気温が上がる日が少なかったからなのだろう。いわゆる真夏日やその上の猛暑日はここ数年で格段に増えている。東京の猛暑日は1990年代から増え始め、2000年代以降は毎年かなり多くの猛暑日がある。昨年は22日もあった。根性では乗り切れないのだ。

 今夏も猛暑の予報が出ている。ラニーニャ現象で海水温が高くなりがちであるのが要因だという。すでに4月の平均気温が高く、このままの傾向が継続すれば史上最も暑い夏になる可能性もある。

 各所で聞く暑熱順化もさることながら、公的機関が休憩室を用意したり、木陰の多いまちづくりをするなど様々な取り組みが必要なのだろう。再び根性論が目覚めないようにしなくてはならず、インフルエンサーによる注意喚起もあった方がいい。

 

文化の日が夏日になる

 予報では今日の東京の最高気温は25℃となっている。本当ならまた夏日が加算されることになる。Microsoftのウィジェットが示す過去最高気温は去年の24℃である。ここ数年で記録を更新し続けているのなら、やはり温暖化が急速に進行しているのかもしれない。平均気温は19℃らしい。

 文化の日が夏日ならば夏とはいったい何だろう。もちろん最低気温の方を考えればやはり夏ではない。昼間は半そでが欲しく、夜は上着が欲しい。そういう日格差が大きな季節を秋と言えるのだろうか。人間が築き上げた豊かな文化が結果的に環境を大きく害しているとするならば、文化の在り方を考えなくてはなるまい。

 カルチャーは農耕に由来する言葉と聞く。自然なしには文化は起こりえない。

ホームページを作るなら ロリポップレンタルサーバー

取り扱い400種類以上のドメイン取得サービス─ムームードメイン─

【GOM Mix】初心者でも簡単な動画編集ソフト

WiMAX +5GをはじめるならBIGLOBE

秋冷

 最低気温の方に関心が出ている。今朝などは12℃の予報で実際にもそれに近いところまで下がった。今後も10℃台の前半で推移するようだ。かなりの肌寒さを感じる。

 さかんに鳴いていた虫たちも心なしか力弱くなっている。もう10月も前半が終わる。秋は夏に削られて身を細くしているのだ。気象庁によれば1898年から2019年の間に日本の観測点の平均気温は1.24℃上昇しているという。もっとも近藤純正東北大学名誉教授の研究では過去のデータには測量機器の精度の問題や、観測環境の変化による誤差が大きいため、いくつかの補正を加えたうえで0.77℃の上昇と結論している。数字にしてみればわずかだが、この小数点以下の違いでも気候の変動の影響は大変大きいのである。

 2015年の国連気候変動枠組条約締約国会議で決まったパリ議定書によれば、産業革命以来、2030年までの気温上昇を2℃以下、できれば1.5℃以下にする努力をするというものだった。算定の基準があいまいなので数値的な説得力があるかが議論されなくてはならない。昨年のニュースでは昨年の世界気象機関の発表では産業革命前からすでに1.15℃上昇しており、近年上昇率が加速しているという。果たして約束は果たせるのか。

 一日や一年の寒暖だけでは判断ができないのがこの問題の深さだ。今朝は肌寒いが温暖化が事実だとすればこれでは物足りないということになる。

今日は真夏日

 予報によると東京の最高気温は31℃の予報が出ている。いわゆる真夏日になるかもしれない。

 子どもの頃、真夏日というと非常事態のような気がしていた。記録によると過去30年間の真夏日の年間平均日数は2.5日だという。ところが昨年は14日もあった。真夏日といえば7月末か8月と思っていたら、去年は6月に36.2℃を記録している。そういえばと思うが、あまりに暑い日が続くとかえって記憶が曖昧になる。

 ここ十数年が気温が高い傾向にあることは間違いない。気候変動が人為的要因によるものなのかは知識がつくほど分からなくなるが一つの仮説がある限り対策はすべきなのだろう。

 科学的な証明はわからないがとにかく異常に暑い日が連続するという事実は事実だ。これに何とか対応しなくてはならない。私の人生は後半の後半にさしかかったが、後生の皆さんのために少しでも役立ちたいとは思っている。