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冷たい雨

 今朝は気温が上がらず雨も降り続いている。はっきりと季節が変わったことを感じさせる。

 昨日彼岸花のことを書いたがそういえば萩もいつの間にか開いていた。もう少しで咲きそろうのだろう。一気に進む季節には驚くばかりだ。

彼岸花の風景

 先日、近隣の町を訪れたとき、多くの彼岸花が咲いているのを見た。中には鉢植えにして玄関前で咲かせている家もあった。所によっては美しいが不吉な花とも言われているらしいが、この地域の人たちはもっと親和感を覚えているようだ。

 多くは印象的な赤だが白花もあった。球根で増えるこの植物は交配することがほとんどないらしく大半はクローンらしいが、ときに変異が生じるようだ。一斉に咲くのは同じ遺伝子で構成されているからだという。

 彼岸花の名の由来は秋の彼岸頃に咲くからという。今年は猛暑が続いたこともあり、今が見ごろということなのだろう。曼珠沙華とも言われる秋の花を楽しみたい。

ホタルブクロ

 駅のホームに続く土手に自然に草が生える場所がある。いわゆる雑草の植生が見られる場所だ。そこにかなり多くのホタルブクロが咲いているのを発見した。日本全国で見られる野草の一つだが、釣鐘状の花がきれいなので園芸に用いる人もいる。

 ホタルブクロというのは子どもが花の中にホタルを入れて遊んだからという語源説が有力だ。いかにもファンタジックな名前である。もっともこの花はホタルの生態とは無関係であり、ホタルの生息地との関連もなさそうだ。

 調べてみると食用にもなるようだが、食べたこともないし食べたという話を聞いたこともない。毒性がないということは確認できた。綺麗な花にはしばしば毒性があるものだ。

 ホタルブクロを見ると小学生の時に読んだ児童文学を思い出す。古田足日の『大きい1年生と小さな2年生』だったはずだ。ホタルブクロがとても貴重な花のように思えてならなくなった。その後、意外にもどこにでもある花だと知ることになるが。

 駅前の土手はやがて草刈りが始まるはずだ。ホタルブクロは残してほしいなどと勝手なことを考えている。

木漏れ日

 昨日はとても暑い一日だった。ただ、まだ湿度がそれほど高くはなかったので日陰に入ると涼しさを感じることができた。近隣の公園に行くと小さなテントを立てる家族が沢山いた。簡易に立てられるテントがあるらしく、登山の時のような専門的技能はいらないらしい。小さなテントで親子連れが横たわっているのは少し羨ましい。

 私は木陰ができているところに行ってみた。すると木漏れ日が独特の影を落としている。しかもおそらく光の屈折かなにかの効果で独特の縁取りになっている。それが絶妙な半日陰を作り出していた。涼しさに加えて心地よさを感じさせるのは光彩の力なのかもしれない。

 木漏れ日に落ち着きを感じるのは原始の記憶が呼び覚まされるからだろうか。そんな非科学的な妄想を次々に考えてしまう。森に抱かれていたころの人間は今のような生活には耐えられないと思う。

 これからさらに暑い日々が訪れる。冷房に頼りすぎて引きこもってばかりはいられない。それでは精神が病んでしまう。大切なのは猛天下でも適度に外界と関係をもつことなのだ。そのときに木漏れ日の優しさを思い出したい。

石斛

 石斛(セッコク)は蘭科の植物で木の幹などに見られる。着生植物というそうで、樹木には張り付いているだけでそこから養分を取っているのではないらしい。寄生植物とは異なるというのだ。だから岩に張り付くこともある。

 先日、ある植物園で石斛を見つけた。ヤドリギかと思ったが、前述した通り着生しているだけの生態である。おそらく意図的につけられたものだったのだろう。ちなみに寄生植物にも自ら光合成をする半寄生植物と、葉緑素を持たない寄生植物とがあるという。

 石斛は蘭科だけあって花が派手である。確認できなかったが芳香もあるという。私の見たのは近縁種のデンドロビウムかそのれとの交配種である可能性が高い。植物というのは園芸種として幾通りにも改良され、樹上着生という性質さえ忘れられてしまうものもある。

 石斛は長生蘭とも呼ばれ江戸時代には愛好家が多数いてその僅かな違いを競うものにもなっている。薬効もあるという。俳句の夏の季語でもある。

シャクナゲ

 近隣の人家の軒先にシャクナゲが咲いている。ツツジ科の花らしくそのような形の花をつけるが、固まって天を向いて咲く様は一層華やかさを感じさせる。ちょうど今頃が見頃だ。

 「夏の思い出」という歌曲の中で黄昏の形容として使われているのは有名であり、私も花の名を聞くとまずこの歌の歌詞が思い浮かぶ。シャクナゲにもいろいろな色があるが、尾瀬を彩ったのはどんな色だったのだろう。

 調べてみるとシャクナゲには害毒成分があるらしく見た目とは違う。あやまって体内に取り込むと命に関わることもあるらしい。園芸種などでも毒性は消えていないそうだから気をつけたい。美しいものには棘がある。本当の棘はないが毒というトゲがあるということである。

楠葉

 公園を歩いていたら紅葉した楠の葉がたくさん落ちていた。夏に向かう今の季節に紅葉があるのは驚きだ。楠は常緑樹だが、初夏に若葉が出る。そのとき古い葉は落ちるのだが、これが紅葉するのだ。

 つややかな葉が赤く色づくさまは美しい。葉によって色づき方が様々であるのもいい。一葉持って帰って保存したいと思うのだが、一枚選ぶとなると決めきらずいつもそう思うだけになる。

 このところ暖かい陽気が続いているので楠葉の世代交代は一層進むのだろう。落葉の方に思い入れをしてしまうのはなぜだろう。

まもなくハナミズキの季節

 実家に向かう道を夜歩いていたら、桜の花が散り急いでいるのを見つけた。路面のアスファルトに多くの花びらがはりついていた。桜の季節は終焉に向かっている。そして街路樹を見上げるとハナミズキが少しずつ花芽を大きくし、一部は開き始めていた。

 その通りは数キロにわたってハナミズキが街路樹として植えられ、もう少し経つと一斉に開花して美しい風景になる。あちらこちらに似たようなところがありここだけではないのだが、個人的にはなかなかの名所ではないかと考えている。

 満開になるのにはまだ間がある。楽しみにしていたい。

こぶし

 実家の近くの街路樹のこぶしが見頃であった。

こぶし

 春の花として有名だが、まず花だけ咲くので白が際立つ。足元にはもうとうが立ってしまった多くの土筆が並んでいた。季節の息吹を感じることは大切だと再認識した。

 今年の桜は開花がここ数年と比べると遅かった。その分、ここに来て一気に咲いたために美しさが増している。咲き方にもいろいろある。

 このあとは桜吹雪の季節になる。これもまたそれぞれだ。散り際に注目する美意識は引継がれていると思う。どう次の季節に繋いでいくのか。今年も桜に学ぶことにする。