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桜の盛りなのに

 桜花は満開を過ぎ、散り始めている。まだ見ごろのときであり、本来ならば心浮き立つ時季だ。しづ心なく花のちるらんという境地なはずだ。

ところが私といえばいろいろな、困難に当たっている。とにかく体調がよろしくない。他人にはそれを察しられないように振る舞っているが、家族には本音を語ってがっかりさせている。もっと強くならなくてはならないとは思いつつ、このような体たらくである。

 桜はいろいろなことを考えさせてくれる。散る花を見ながら自分のこれからを冷静に見つめ直してみようと考えている。

日較差

 朝と昼との気温差がかなり大きくなっている。朝は冬で昼は春、時には初夏の陽気になる。この時期にはあり得ることではあるが、昨今の異常気象と結びつけたくなる。これには証拠がない。

 気温の急激な変化は体調に影響を及ぼす。私もここ数日やや不調で疲れやすくなっている気がする。これは天候のせいだけではないので一概には言えない。気をつけるしかない。

 上着を置いて行こうか悩んで、結局着て出ている。これからの関心は最低気温である。

エイプリル・フール

 エイプリル・フールに面白い嘘を言ってやろうとはいつも思う。誰かを困らせるのではなく、笑顔にさせる嘘をつきたい。これは実に難しい。

裁判に負けた人が大統領になったり、闇献金の慣習を正すために就任した首相の金銭感覚がおかしかったり、憧れのアイドルが裏でとんでもないことをしていたり、最新の技術で建設されていたはずのビルがものの見事に倒壊したり、この世はまるで嘘みたいなことばかりだ。この虚偽性に勝てる嘘は中々考えられない。

 私はこれまで嘘をついたことがないから、嘘のつき方が分からない。このくらいが今日言えることだろう。嘘の道を極める必要がある。

上着を置いて

 気温が上昇したために今日は上着を置いて出かけた。花粉の飛散は辛いがやはり秋立つ気持ちになる。子どもが遊んでいるのを見ると、こういう日が続いてほしいと願うのだ。少しだけ余裕が出来た日々を楽しんでおこう。

春分

 春分ということはこれからは昼の長さが長くなっていくことになる。ずいぶん日脚が伸びたことを実感している。桜も刻々と開花に近づき、早咲きの種類はすでに咲きそろいつつある。日照時間は体調にも様々な要因をもたらすのではないか。一般的には気持ちが明るくなると考えられているが、それだけでもなさそうだ。見えなかったものが見えてくるのは別の刺激をももたらす。

 春に節目を感じるのは私たちの文化的な特質だ。どこに切れ目を入れてもいいはずだが、年度が4月始まりという意識はかなり根強い。その予告編ともいうべきものが春分なのだ。

濃霧

 今朝は気温が高くなったために平野部でも濃霧が発生した。朝霞というべきなのだろう。唱歌の歌詞にある「霞か雲か」の現象である。上着を着るのが少し暑い気がする。季節の移り変わりを物語る一コマである。

春を感じる方法

 数日ぶりに晴れた朝になった。乾燥はまだそれほどでもなく、風は冷たいが快適だ。ただ、花粉の飛散は多そうで今日も大変な一日になりそうである。

 日の出が早くなっている関係で、電車の車窓から見える風景が少しずつ変化している。建物や道路の色や、植生につく陰影などが日々変わっているのだ。毎日同じ時間の電車に乗る私にとっては、定時観測のようなものになっている。都会の住宅地で季節を感じる方法である。

 三月も刻々と過ぎつつある。やるべきことは多い。多忙を嘆くだけでなく進めることを一つずつやっていくしかあるまい。

 先日、近隣の公園に梅の花を見に行った。降雪より前だったので穏やかな陽気だった。観梅客もそこそこ多く、いい雰囲気だった。鶯ではなく、メジロが飛来すると伝統的な風物が揃った。ウグイスよりもウグイス色なのはメジロなのだから。

 降り積もった雪の花を見たかった気もする。夜晴れて月でも出れば雪月花の完成だが、そんな役満は滅多にない。

暖かくなると

 強烈な寒波が過ぎて今度はかなり暖かくなるという予報がでている。次の日曜日には20℃近くまで気温が上昇する。梅の花も一気に開くはずだ。

 開くのは風流な花だけではない。杉や檜の花粉飛散も始まる。対策薬をすでに服用し始めているが、今年は量が多いとのニュースもあり、戦々恐々としている。あるときまでは何ともないが限度を越えると急に症状が出るのが厄介だ。

 気温の急激な変化は体調にも影響を及ぼす。極寒の時期よりかえって風邪をひきやすくなるのは油断のためだろうか。春の到来は喜ぶべきだが、私にとっては克服しなくてはならないことがいくつもある。

寒波再来

 2日間の暖かすぎる日々が終わり、再び寒波がやってきた。今回も日本海側にはかなりの降雪をもたらしそうだという予報がある。関東は雪は降らないが乾燥した寒風が肌を刺すかのように吹き荒れる。

 気がつけば2月も後半になり、梅の咲くのもわずかだ。人の心も自然と浮き立ちやすい。それを戒めるかのような寒さだ。それはそれなりに意味があるのかもしれない。

 一年の中で2月がもつとも寒いのは日照時間の短さが遅れて気温に影響するからと学んだことがある。私としては春の暖かみを味わうためのアクセントと考えることにする。二月は逃げる、三月も間近だ。