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中東頼み

 日本のエネルギーは中東の原油に過度に依存しているという。資源のない日本がなぜ先進国を名乗れるのかといえば、このオイルラインのおかげなのである。しかもその大半がタンカーによる海運による。単純化すれば港に着く物資があって始めて生活が維持されているということだ。島に来るものがなくなれば生活レベルは急激に低下する。

 そんな当たり前の現実を私たちはすぐに忘れてしまう。永遠にネオンが輝き続けるかのように、豊かな水資源が電力によって制御され、地下鉄の漏水が電力で汲み出されていることを。それは島の向こうから渡ってきた資源のおかげなのである。

 電力を自給しようという悲願はいろいろな制約に妨げられる。代替エネルギーは一長一短で化石燃料に代替できるものはない。石油は使わず太陽光発電にしましょうというのは簡単だが、実は今のような生活をおくれるエネルギーはまったく作れない。いまのところは中東の原油に頼るしかないのだ。

 そのために日本の企業や団体は中東諸国との友好関係を築いてきた。歴史的に対立している欧米諸国とは違う関係を持ってきた。でも、同盟国アメリカが仕掛けた今回の戦争で日本の立場はかなり危ういものになっている。戦争には関わらず、民生の復興に協力することが我が国のするべきことではないか。イランの政治には疑問点が多いが力で変えるのではなく、我が国の寛容な精神と技術力を示すことで、彼の国に内的変革を促す方がよさそうだ。

 戦争は長引きそうだ。アメリカの大統領は恐らく偽りの勝利宣言をして自らの手柄とするつもりだろう。でもそれがむなしい雄たけびに過ぎないことはこれまでの歴史が証明しているではないか。

ドンロー主義?

 トランプ大統領は自らの政策をモンロー主義になぞらえていたが、世論から生まれたドンロー主義なる言葉を自ら使っているようだ。米国の国際問題不干渉の宣言であったモンロー主義は、国際的地位が上がるにつれて、縄張りの主張のように変化していた。それが現代に復活したようである。

 冷戦以降は世界各地の国際問題に介入して、世界の警察の役割を果たしていたが、さまざまな支援活動も行ってきたのが米国の立ち位置だった。それが、その余裕がなくなったために、まず支援活動は国費の浪費とし、次に関税で他国との関係性を優位に進めようとした。カナダを併合したいという非公式なコメントは、同盟国にすら緊張を与えた。

 そして今回のベネズエラでの軍事行動は、反米勢力には圧力をかけ、実力行使も厭わないということを全世界に示したのである。ノーベル平和賞を切望する人物の行動とは思えない。始めてしまった以上、中南米諸国との関係はかなり緊迫することになる。 

 多くの専門家が指摘するように、ベネズエラ大統領拘束の一件は、麻薬密売の阻止や独裁政権からの国民の解放だけが目的ではない。埋蔵している石油資源の利権獲得は大きな目的だ。西半球はアメリカのものとも聞こえるドンロー主義は、領域内の国家に緊張をもたらすだけではない。ロシアがウクライナに対して行う軍事行動も、中国が台湾やフィリピンに対して圧力をかけるのも同じ論理で正当化されてしまう。また、西半球以外は関与しないという方針は、防衛を日米安保に依存する日本にとっても深刻な問題だ。

 さまざまな利権が絡むなかで、ドンロー主義なるものへの歯止めは利かない状況にある。なにとぞ冷静な判断を諸国のリーダーには望むばかりだ。

アメリカ合衆国の失態

 アメリカによるベネズエラ大統領拘束の報道には驚いた。国家ぐるみの麻薬輸出疑惑への実力行使というが、他国の大統領を武力によって拘束するというのはテロリストの手法と変わらない。宣戦布告した訳でもないから戦争でもない。それを超大国のアメリカ合衆国がしてしまうのだから非常に大きな問題だ。

 麻薬問題は深刻であったに違いない。ただそれを武力で解決してよいのかといえば、議論は分かれるだろう。まして他国の領土内でそれを行うのなら、正義は通せない。トランプ大統領の判断は間違っている。大国が自国の利益のために対立する小国に圧倒的武力を使って圧力をかけるのが正当化されれば、アメリカ合衆国以外の国にも同様のことをする口実ができる。例えば、ロシアがウクライナを攻めるのは、ロシア側からみれば、自らの国益を損ねるウクライナを排することが目的の正義の戦いであろう。中国の台湾に対する態度も大国の論理で正当化されてしまう可能性を作り出してしまったことになる。

 同じことがほかの国に向けられたとしたらどうだろう。今のところ日本がその対象になる可能性は低い。しかし大が小を征する世界が現出してしまったならば、世界大戦はすぐ隣にあることになる。この事態を我が国が如何に処するかは我が国だけの問題ではなく、国際社会にとっても非常に重要なことになるだろう。

国際紛争の時代

 第2次世界大戦が終わって80年を経過した。日本では軍事費の拡張や核兵器保有の話題が時々出てくるが、現状では批判的であり、軍事大国への道は現実的ではない。過去の戦争の教訓をまだ生かし続けているといえる。少なくとも現時点ではだが。

 ただ、国際的には戦争や内紛が相次ぎ、数え方による差異はあるものの現在進行中のものが60件前後あるらしい。これは戦後最大であり、現在が決して平和な時代ではないことが分かる。

 最近の国際紛争の傾向として、第三国が組織的に介入することが多いことが挙げられる。支援と言う名のもとで兵器の売買で利益を上げたり、国内情勢の不安定さを他国の紛争に注目させることで国民の不満をうやむやにする手法が取られている。その結果、事態は長期化し、それ故に解決の端緒が見つからなくなっている。

 我が国が国際社会で貢献できることはやはり平和の尊さを訴え続けることだろう。さらには紛争解決のための交渉術に長けた人材を育成すること。紛争の根本原因の一つである貧困や格差を解消させるための貢献をすることだろう。かつて参戦し、加害被害の両方を味わった国の責任であり、努力目標であろう。

 そんな夢物語をしていたら隣国から攻め込まれますよという意見があるのも知っている。むしろ最近はこれが市民権を得つつある。徴兵制を知らず、身内に戦死者がいない人たちのまるでバーチャル空間のような思考をいかにしたら説得できるのだろう。

核兵器は必要なのか

 与党の幹部なる人物が核兵器保有の必要性をメディアに話したという。オフレコ扱いと断ったコメントがリークされたのだというが、政府関係者としては舌禍そのものであり、大失敗だ。核兵器を持たないという立場はわが国が国際社会にアピールできるものでありそれが絶大な抑止力として機能していた。その機能を著しく汚してしまったのだ。

 ある統計によれば日本の軍事力ランキングは世界8位であり、先の戦争以来軍事に関与していない国のそれとしてはずば抜けている。それなのに軍事大国扱いを免れているのは専守防衛の基本姿勢と、非核宣言があるからだ。その一角が崩れると結局より強大な戦力が求められる。

 日本が核兵器を持てば当然、韓国や台湾も保有に動くはずだ。すると日本付近は極めて核の密度が高い地域となり、日本だけではなく隣国の動向によって壊滅へのシナリオが開かれてしまうことになる。核は使わなくても、核を保有する基地へのゲリラ的攻撃やサイバー攻撃などに常に脅かされる。

 こう考えてみると核兵器を持てばいいという考えはまったく当たらない。核保有が安上がりと述べた政治家が話題になったが、実態はまったく逆で保有にかかる費用に加えてメンテナンスとその防衛にかかる費用が加算され、国家予算を逼迫させる要因にしかならない。

 この話は当時、相当話題になったのに、今回の要人の不用意な発言は重大な問題である。もしかしたら日本の国際的地位を失墜させようと目論む闇の組織の一員なのかとさえ考えてしまうのだ。核兵器は持つべきではなく、それを発言し続けることが、結果として協力な防衛力になるのだ。

価値観は変わり果てる

 終戦の日のことを考えると、社会的な価値観は実に移ろいやすいということを考えさせられる。戦争をしていたころの日本の上層部はなんと愚かなのかと思い、庶民はそれに躍らせれて悲惨な毎日を過ごしていたというのが単純化した社会観であるが、本当はそんなに単純なものではない。日本が戦争をしなくてはならないと真剣に考えていた人たちにはそれが間違っていたとしてもそれなりの正義があり、それを支える世論というものがあったことを考えなくてはならない。

 戦前の日本が現在からみて異常であるのと同じように、おそらく80年後の日本に住む人々にとって21世紀前半の日本の社会は極めて奇妙に映るかもしれない。多くの人々を犠牲にした戦前の日本指導者を批判するのと同様に、現代社会の様々な問題を指摘して、自分たちの世代になぜこんなにも厄介なものを残したのかと不満に思うのかもしれない。

 毎日の生活にあくせくしているうちに、その問題点とか課題とかを見失い。大切なことを忘れてしまう。歴史から学べとはよく聞く話だが、何をどう学ぶのか分からないうちに時間が過ぎてしまう。その繰り返しが続いているのである。同世代の人々もすでにいろいろなことが分からなくなっている。我々の子孫も同じ繰り返しをしていくのだろうか。表層的な価値観は時代とともに変わり果てる。それを俯瞰するために必要なのはもっと深いところにある視点である。

戦争体験を語れない

 あすは終戦記念日である。戦後80年ということは、高齢者の中にも戦争を知らない世代がたくさんいらっしゃるということである。亡父は終戦時小学6年であったので、戦争の記憶は残っていたようだが、かろうじて記憶が残るのはやはり5~6歳になってからであろう。だから直接戦争の体験を語れる世代は90代に近いことになる。

 ニュースによると最新のVR技術を使って、戦争の一場面を疑似体験できる施設があるそうである。戦場の中や、爆弾の投下された町の悲惨な様子を映像や音声とともに体験できるそうだ。それを直接見たわけではないので評することはできないが、やはり生死の際に直面している場面と、仮想現実とでは全く異なるのだろう。それでも疑似的に戦闘するゲームよりははるかに有益であろう。

 私自身も戦争は資料の向こうの世界であり、本当のことは何も分かっていない。多くの戦争を扱った文学や映画などに接するとそのたびにその恐怖や、戦争を起こした者への憤りを感じるが、それも長続きしない。最近の政治家は私よりも若い世代も増えているが、彼らの中には兵器を自国の防衛のために増やすべきだとか、原爆を所有することが国防上は安上がりだなどといってその虚偽をまき散らかす者がある。本当に分かっていないのかもしれない。彼らは自分が戦場に行くことを全く想定していないのだから。

 戦争体験を語れないことは今後この国の行く末をかなり危ういものにするはずだ。この国を亡ぼすのは他国ではなく、自分たち自身なのかもしれないなどと考えてしまう。

長崎のために

 何度も書いているが、今年も繰り返すことにする。1945年8月9日、私の父は現在の北九州市にある八幡で暮らしていた。この地がテニアン島から発進したB29爆撃機がプルトニウム型原子爆弾の第一投下目標であつた。目標地点上空まで来たところ、煙霧で目視ができず、長崎に移動したという。霞や煙は米軍の空襲によるものとも、八幡の市民が意図的に煙を焚いていたとも言われている。

 長崎でも雲が多く、投下目標が定まらなかったが、わずかな雲の切れ間から投下された。当初目標としていた地点からは外れたものの7万4千人を超える人命を奪うことになる。広島型よりも威力が大きいプルトニウム原爆をどうしても実戦で使っておきたかったのだろう。実戦で使用された原子爆弾はこれが今のところ最後である。

第一目標に原子爆弾が投下されていたら、恐らく私は存在しないはずであり、運命の苛酷さを痛感する。長崎には公私を含めて何度も訪れているが、いつもそこに行くたびになんともやりきれない思いになる。その日に亡くなった方や、被爆後遺症で苦しみ続けた人たちの代わりに生かされていると勝手に考え、いただいた命を大切にしなくてはならないと思う。

 それにしては大したことはできていないことを恥じるが、せめてこの思いを折に触れて繰り返し、若い世代にも伝えていきたい。だから、この話はこれからも何度も書いたり話したりすることになるだろう。

戦争経験のない世代にとって

私たちの脳は都合のいいものを優先的に記憶し、そうでないものは無視する機能が備わっているようだ。それは進化の過程で身につけたものであり、これがあるためにどんな悲劇からも回復し、次の段階へ進むことができたのだろう。

もし戦争の悲惨さを実感し、それが次の世代にも伝えたいものと考えられるのならば、かなりの時間を割いてそれを実行しなくてはならない。私たちにはそこまでの覚悟はない。ただ、自分の要求を主張し、それが損なわれると怒るのみだ。

戦争経験のない世代にとって非戦の主張は理念的であり、実感が伴わない。一種の自己主張でしかない。恐らくこの制約が人類の戦争史を不断のものにしてきたのだろう。

結果的に実感の伴わない反戦主義が空虚なものと捉えられ、時の集団ヒステリーに押し切られる。私たちはその時、踏み応えられるのか。平和の鍵はそこにある。

憎しみの連鎖

 停戦中のガザ地区でイスラエル軍の空爆が始まったという。悲しい憎しみの連鎖はとどまることを知らず、また新たな憎悪を生み出している。アラブの歴史をかじっても、理解することはかなり難しい。複数の民族、宗教が錯綜するこの地域の特性を理解するのは容易ではない。

 中東の複雑な民族感情を解決するのはどうすればいいのか。これまで欧米の列強が口を挟む度にかえって悪影響を及ぼしてきた。むしろ悪の根源と言っても良い過言ではない。それは結局、自国の利益のために行動してきたからだ。いまトランプ政権のアメリカが行っていることも同様である。停戦が目的なのか、アメリカの利益を得るための取り引きなのか、世界中の人が真意を見透かしている。

 中東の歴史について私たちはもっと関心を持っていい。この困難な問題を考えることができれば、さまざまな国際問題を理解する糸口が見えるはずだ。逆に欧米諸国のように自国の利益ために利用することしか考えなければ、困難な状況を一層高い難度にしてしまうことになる。

 中東戦争はいつまでも終わらない。欧米の周辺地域でそれが続けているという事実を見つめ直さなくてはなるまい。隣人の苦しみを知るためにはまず隣人がどういう人なのかを知らなくてはならない。