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桜の盛りなのに

 桜花は満開を過ぎ、散り始めている。まだ見ごろのときであり、本来ならば心浮き立つ時季だ。しづ心なく花のちるらんという境地なはずだ。

ところが私といえばいろいろな、困難に当たっている。とにかく体調がよろしくない。他人にはそれを察しられないように振る舞っているが、家族には本音を語ってがっかりさせている。もっと強くならなくてはならないとは思いつつ、このような体たらくである。

 桜はいろいろなことを考えさせてくれる。散る花を見ながら自分のこれからを冷静に見つめ直してみようと考えている。

日較差

 朝と昼との気温差がかなり大きくなっている。朝は冬で昼は春、時には初夏の陽気になる。この時期にはあり得ることではあるが、昨今の異常気象と結びつけたくなる。これには証拠がない。

 気温の急激な変化は体調に影響を及ぼす。私もここ数日やや不調で疲れやすくなっている気がする。これは天候のせいだけではないので一概には言えない。気をつけるしかない。

 上着を置いて行こうか悩んで、結局着て出ている。これからの関心は最低気温である。

桜咲き始める

桜が咲き始めた。こうなると次々に咲いてあっと言う間に満開になる。桜の時期はいつも忙しいので、落ち着いて味わうことが難しいが、この齢になるとそれも何とかできるようになる。

 いわゆる桜の名所より、何気なく見つけた町の中の木の方が感動する。ただ桜は思うより手がかかる。以前、借家の庭にあった桜は手入れをしなかったために、虫が湧いて大変だったことがある。

 花の咲くまでにいろいろなストーリーがあったことを想像するべきなのだろう。

桜咲き始める

 桜が咲き始めた。こうなると次々に咲いてあっと言う間に満開になる。桜の時期はいつも忙しいので、落ち着いて味わうことが難しいが、この齢になるとそれも何とかできるようになる。

 いわゆる桜の名所より、何気なく見つけた町の中の木の方が感動する。ただ桜は思うより手がかかる。以前、借家の庭にあった桜は手入れをしなかったために、虫が湧いて大変だったことがある。

 花の咲くまでにいろいろなストーリーがあったことを想像するべきなのだろう。

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上着を置いて

 気温が上昇したために今日は上着を置いて出かけた。花粉の飛散は辛いがやはり秋立つ気持ちになる。子どもが遊んでいるのを見ると、こういう日が続いてほしいと願うのだ。少しだけ余裕が出来た日々を楽しんでおこう。

春分

 春分ということはこれからは昼の長さが長くなっていくことになる。ずいぶん日脚が伸びたことを実感している。桜も刻々と開花に近づき、早咲きの種類はすでに咲きそろいつつある。日照時間は体調にも様々な要因をもたらすのではないか。一般的には気持ちが明るくなると考えられているが、それだけでもなさそうだ。見えなかったものが見えてくるのは別の刺激をももたらす。

 春に節目を感じるのは私たちの文化的な特質だ。どこに切れ目を入れてもいいはずだが、年度が4月始まりという意識はかなり根強い。その予告編ともいうべきものが春分なのだ。

濃霧

 今朝は気温が高くなったために平野部でも濃霧が発生した。朝霞というべきなのだろう。唱歌の歌詞にある「霞か雲か」の現象である。上着を着るのが少し暑い気がする。季節の移り変わりを物語る一コマである。

春を感じる方法

 数日ぶりに晴れた朝になった。乾燥はまだそれほどでもなく、風は冷たいが快適だ。ただ、花粉の飛散は多そうで今日も大変な一日になりそうである。

 日の出が早くなっている関係で、電車の車窓から見える風景が少しずつ変化している。建物や道路の色や、植生につく陰影などが日々変わっているのだ。毎日同じ時間の電車に乗る私にとっては、定時観測のようなものになっている。都会の住宅地で季節を感じる方法である。

 三月も刻々と過ぎつつある。やるべきことは多い。多忙を嘆くだけでなく進めることを一つずつやっていくしかあるまい。