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金木犀

金木犀

 芳香のする樹木として有名な金木犀は庭木としてもよく使われる。この写真は近隣の市の公園に植えられていたもので、かなりの群生になっていた。この花のことを知らない人がいい香りがすると呟くたびに、名前を教えたくなる。この楽しみも今の季節ならではだ。

最後の残暑

 今日も最高気温が30℃近くまで上がった。10月とは思えない暑さだった。予報では残暑の最後のピークは今日でこのあとは少しずつ平年並みとなり、水曜辺りからは肌寒い毎日となるそうだ。

 そうは言っても17時30分前に日没することは確実な季節の進行を実感させる。湧き上がる虫の音に秋の情緒が広がってくるのだ。半袖の生活もあとわずかだという覚悟がまだできないというのに。

 いろいろな秋のを経験してきたが、なぜかその経験は生かされることはない。見事に季節の情感に支配されて、どこかで味わったはずの感動に包まれる。今年もそうなるのだろう。

すすき

 スマホの画面から目を離して車窓を見ると圧倒的なすすきの穂が広がっていた。今日も夏日になりそうだが秋の風景は確実に広がりつつある。

台風の後

 今回の台風は基準ぎりぎりのものだったらしく、低気圧とほとんど変わらなかった。台風が運んでくる大量の湿気と一時的な気温上昇は季節を進める働きをするようだ。

 幸いなことに私の住居の付近では目立った被害はなかった。進路が被害を出す方向になかったからだ。風水害にあわれた皆さんには心よりお見舞い申し上げたい。

 台風にしても大雨にしてもリアルタイムの被害ばかりが注目されるが、本当に大変なのは過ぎ去ったあとなのだ。

萩は秋を代表する花

 『万葉集』でもっとも多く詠み込まれている植物は桜ではない。桜は5番目であり、4番目は橘、3番目は松、2番目は梅、そして一番多いのは萩なのだ。もっとも万葉仮名では「芽子」などと表記され、これをハギと読むことにしている。

 ちなみに日本では「萩」といえば写真のようなマメ科の植物を指すが、本来古代中国の「萩」はヨモギ科の植物を指すらしい。秋の植物といえばハギということで「萩」がハギと読まれるようになったのだろう。その意味で「国字」として使われているということになる。

 萩が多く詠まれたのはこの植物がかなり古くから日本列島に自生していたことに加え、何らかの信仰的な要素があったからかもしれない。実りの秋に豊富な花をつけるこの植物に何らかの意味を感じたのかもしれない。やせた土地でも繁茂することに生命力を感じたのも知れない。

 このように秋の植物の主人公であった萩だが、若い人に道端に咲くこの花を指さし、その名を訪ねても答えられる人は少ない。文化の基本は自然との関係である。もっと関心を持ってもらってもいいのではないか。

 

彼岸花

 秋の彼岸であるがその名をもった鮮やかな花をつけている。隣家の狭い庭にもこの花が並んでいる。おそらく家主の趣味なのであろう。

 かつて俳句を習った先生がこの花は土の中の赤を吹き上げたものだと句にしていたのを思い出す。鮮やかで生命力を感じさせるのはこの花の力だろう。曼珠沙華ともいうらしい。ほかにも地獄花とか死人花とかいう不吉な別名もあるようだ。聖なるものは俗にも振れやすい。鮮やかな赤は生命力にも悪魔の色にも見えたはずなのだ。

 植物自体には何の功罪もないが、歴代のこれにどのような思いを重ねてきたのかを考えることには意味がある。

嵐の予兆なのか

Photo by RODNAE Productions on Pexels.com

 個人的な問題を書いておく。前回もそうだったが台風が接近するとどうも体調がおかしくなる。そして夜眠れなくなる現象がある。これはおそらく心身両面に何らかの影響があるからであると勝手に判断している。

 実際の台風はまだ日本の南海上にあり、沖縄に近づきつつある。住まいからはかなり遠い。昨日は陽射がありかなり暑かったが、ときおり大きな雲が通り過ぎた。しかし、まだ悪天候といえるものではなかった。にもかかわらず、軽い頭痛と、抑えられていた秋花粉への反応などが起き、少々つらい一日だったのだ。

 これがよく言う気象痛なのかは分からない。過去にもそういう事例を多く経験しているので、あるいはその例に当てはまるのかもしれない。気圧の変化などが関係しているという。ただそれにはまだ原因となる低気圧(台風)が遠すぎる気もしている。

 もう一つはいつか前も使ったしゃれだが、「気のせい」が原因かもしれない。つまり精神的な要因で一種の思い込みだ。台風が来ると体調が崩れるという過去の経験が何度か続いたため、それが偶然の重なりであっても因果関係を考えるようになってしまったということである。おかしな話だが、こうした条件反射は存在するらしい。

 さしあたって今日はほとんどよく眠れなかった夜を超えて一日をどう過ごすかだ。世の中は連休というが私は仕事がある。そして二連休に入る。今日やっておかなくてはならない仕事を伸ばすとよろしくない事態になる。台風などに負けてはいられない。あるいはこのプレッシャーが台風よりも強いのかもしれない。

名月

今夜は中秋の名月なのだそうだ。旧暦8月15日であり、今年は月齢も満月に当たる。関東の天気予報では観月可能とのことだがいかがだろうか。

 月を頼りに生活していた歴史のほうが遥かに長い。暦法が伝来してからも、月の満ち欠けのが頼りになっていたはずだ。閏月という誤差修整を認めていたのは、月齢こそが実感できるカレンダーであったからだ。

 月の顔を見るのは避けるべきだという古典作品もあるので夜空を見ることには複雑な感情があったのだろう。星空を歌う古歌は少なく、月も秋季に類型的に詠まれる。少なくとも観察の対象ではなかったようだ。

 名月には供物をする。収穫感謝祭だという説もあれば、先祖霊に対するものという人もいる。いずれにせよ自然科学的な関心ではないところに名月を感じる心の根があることは確かだ。

ムクゲ

ムクゲ

 夏から秋にかけての花木としてムクゲは存在感を示す。実は一つ一つの花は1日しか持たないというが、群生しているからかその印象はない。

 中国が原産地というが、大韓民国では国花として扱われ、日本でもかなり古くから鑑賞用に輸入されていたようだ。中世までは短い花の命を扱い兼ねていたようだが近世になると華道の花材として利用されるようになる。庭木としても好んで植えられるようになると、季節の花として定着した。

 猛暑が明けて漸く花を見る余裕ができたということなのだろう。気がつけばすすきの穂もたなびき始めている。

高温多湿

私には快適ですが

 台風の影響だったのかここ数日は気温湿度ともに高く寝苦しかった。かつてのような猛暑ではないが、異常な高湿が体感を悪くしたのだろう。

 体調に影響を与えるのはこうした高温多湿の状況のようだ。私の場合はさらに気圧の変化も関係して疲労感を高める。この認識のもとで振る舞うしかあるまい。

 気象ニュースによるとはるか南海上で台風の卵がいくつか発生しているという。心身ともに吹き飛ばされないように構えるしかあるまい。