元日営業しないのもいい

 元日というのに放浪癖が出てあちこちを歩いてみた。コンビニとチェーン店、一部のスーパーマーケットは開いていたが、多くが休業していた。当たり前だ。昔は元日に開いているのは寺社くらいだった。中には急遽店員が欠席してしまいご案内に大変時間がかかりますという断りを掲示している店もあった。そうでなくても人材確保が難しいご時世に、元日営業を維持するのには並々ならぬ努力が必要なようであった。元日に営業をしなければならない理由はさまざまあるのだろう。私も今日の徘徊で営業している店に助けられた。できればご祝儀を出したいくらいだったがそんな余裕はないので気持ちだけを伝えたい。

 都会に住んでいるといろいろなサービスにたよって自分でできることをやろうとしなくなる。昭和世代の親たちはもしかしたら食料が手に入らないかもしれないという軽い危機感もあっておせちという保存の効く料理をたくさん作った。そこまでしなくてもいいのにと思った。我が家の場合はそれが母親の仕事として偏重してしたため、母は年末不機嫌になることが多かった。父は早くから酒を飲みだし、紅白を最後まで見ることなく寝てしまった。私たち子どもが結局年越しまで起きていたので、片づけはその後で、翌朝には雑煮を作る準備をしていた。

 今は大抵のおせち料理は出来合いのものがある。豪華な食材を加えればかなりの高額になるが、うまくやればそれなりの晴れの食事はできる。食材が切れたら近くのコンビニに行けばなんとなるし、コンビニにもおせちセットが売っている。こうなると母親の過重労働は必要ないようだ。

 元日に多くの店が閉店していたことは不便であったが、よく考えてみればこういう日が必要なのかもしれない。正月までが単なる月が替わる一日になってしまっては、行事の意味とかありがたみとかが分からなくなってしまうからだ。商売をどのように行うのかはそれぞれの自由だが、元日は多少の不便を我慢しても年神の来訪を祝う日であってもいいと思ったのである。

元日営業しないのもいい” への1件のフィードバック

  1. うちの母親も年末とお正月は、大変そうでした。姑さんは、何にもやらないで、、、祖母からすれば、台所に女が二人おるといかんやろ?ということでしたが、?です。
     わたしは、スーパーでおせちを買ってきて、詰めるだけ派です。

mame58 への返信 コメントをキャンセル

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