
ここ数年使い続けてきた鞄の持ち手が切れてしまった。他の箇所もかなり傷んでおり取替なければならないと考えていたが今日に至ってしまった。兆候はあったもののあっけなく壊れた。
自分の身体も同じような状態なのかもしれない。遺伝的にはどう考えてもこの先の展開はよろしくない。にもかかわらず、かなり不摂生をし、メンタル的にも理想からは遠い。少しずつ身体の異変を感じるが、それを口外することも難しい。このブログがその小さな排出口である。
鞄は買い換えればよい。中古でもいい。使いやすければブランドなどどうでもいい。ものを入れ運ぶための道具としての役割をはたしてくれさえすれば十分なのだ。
身体は取り換えられない。仮に今さらまったく違う身体になれたとしてももてあまし、結局命を縮めてしまうことになる気がする。最近は人生の最後の段階を考え始めている。
くたびれた身体でできることはなにか。人に頼らず、むしろ誰かのためになることを続けるために何ができるのかを考え続けたい。
