月: 2021年2月

平常心

 冷静にならなくてはと思いつつも、最近の私はかなり脆い状況にある。いろいろなプレッシャーに苛まれてうまくいかないことが多すぎるのだ。

 平常心を取り戻すための方法は確かに試したことがある。その成功例を思い出そうとしている。ただ、それがまた焦りにならないようにせねばと思う。

挿し木

 生徒諸君が受ける模擬試験の古文に柳の挿し木の話があった。難しさを売りにしている試験なので恐らく出来はそれほどよくないだろう。ただ、思うに文法や単語の知識以前に、柳が挿し木で増えることをどれだけ知っているのだろうかということが気になった。

 古典文学に限らないが、過去の文章を理解する上で必要なのは文化的な背景の理解であろう。植物を育てる経験をほとんど持っていない若者たちに挿し木の話は理解しにくい。価値観の違う時代のことが分かるためには手続きがいる。

 挿し木にまつわる問題を見て感じたのは文化の伝達は記号だけでは完成しないということだ。それにまつわる経験や価値観の伝承があって初めて達成されるのかもしれない。

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分かりやすさ

 分かりやすさを追求することには功罪がある。分からなければ伝わらないのだからなるべく分かりやすくするというのは間違っていない。

 ただ、分かりやすさには落とし穴もある。分かりやすくするためにそれを作った人の意見や解釈がかなり入り込んでいるということだ。

 物事は複雑で難解だ。それにいちいち挑んでいく気持ちは失ってはならないのだろう。

コーヒー

 毎日嗜んでいる嗜好品であるコーヒーはどうして飽きることがないのか。様々な薬効も指摘されているが、おそらく良くないこともあるに違いない。期待しているのはそういうことではない。

 人によって向き合い方は違うはずだ。私の場合は精神安定のための時間を確保するための道具なのだと考えている。だからすぐに飲み干せるアイスや砂糖を入れて口当たりを良くしたものは私の目的からは外れる。冷めるまで時間がかかる苦い飲み物でなければならない。

 先日、コーヒーを飲む間は異世界の人と会えるという小説を読んだ。そこまではできないとしてもこの飲み物は一種の現実逃避の機会を与えてくれている。

小異を捨てて

 最近の世界の情勢は分断の連続だという人がいる。アメリカの政治的な不安定さが象徴的だが、民族やイデオロギーの対立によって人の心が分かれていく傾向は世界の各地でみられる。己の属する集団を守ろうとするのは生物としての宿命ではあるが、人類にはそれを超える叡智を得ることができる可能性が与えられている。

 コロナウイルスが世界中を満遍なく襲っていることは、強烈なアイロニーのようにも感じる。いくら分裂しても人類はそれほど変わらない。種としては同じであり、運命共同体なのであると。共通の敵を仕立てて融和を図るというのは古来からの権力者が使う常套手段だ。歴史の中にはこの方法で大きく変わった局面がいくつかある。今回の場合はウイルスが相手なのだから、共闘することは一向に遠慮はいらない。

 それなのに世界の分断は一向に収束には向かわない。小異をすてて大同につくという古人の教えを実行に移せないのはなぜなのだろう。自分も含めて、私たちは考えていてもできないことが多い。実行することは別次元なのだろう。どうすれば実現できるのか。面倒だがまずこれを考えるという方法から始めなくてはならない。段階が必要なのだろう。

人材の活用

 人材の活用をどのようにするのか。それは少子高齢社会ではもっとも大切な問題だ。私自身がすでに若者と同じ仕事量がこなせないことを自覚しているので、こういう話をするのは気が乗らない。しかし、避けて通れない話なのだろう。

 日本には人を大切にするという伝統がある。少なくともそういう建前がある。だから、年功序列が成り立つしそれでうまくいくことも多い。ただ、能力のある若者が活躍できる機会を阻害しているとも言える。能力の高い若者は新機軸を生み出すことができる。足りないのは経験だ。だから、これからは上司に若者を、補助に年配を配すのがよいのだろう。ケース・バイ・ケースではあるが。

 完全な能力主義を良しとする時代もあったが、日本でそれをやるとうまく行かないようだ。あまり成功例を聞かない。むしろ従来の経験蓄積型に裏打ちされたタレント尊重主義をやっていくのが良いと思う。

節分

 今日が節分であることはどうしても豆や恵方巻を売りたい商店の広告で知らされた。なんでもかなり久しぶりだそうだ。立春が日付を一時的に越えたのだ。

 冬来たりなば春遠からじとは故人の教えであるが、ある意味昨年から一向に春にならない。炎天下でもマスクをつけ続けて冬将軍に忠誠を尽くした。そろそろ本当の春を迎えたい。

 日本の大都市の緊急事態宣言は一月延長されるようだ。ロックダウンされている訳ではないが気が重いのには変わりない。産業界への影響も深刻だが、人心が冷え込むこと、特に若い世代が夢を見られなくなるのが懸念される。見えない悪鬼に豆を巻き、そろそろ退散していただかねばなるまい。

節目となるか

 今日から2月が始まる。短いこの月が様々な節目になる可能性が高い。

 コロナウイルス対策ではこの月をどう過ごすかで今後の展開が変化する。緊急事態宣言の延長がほぼ確定的だが、その期限を今月末と考える人は多い。状況によって早期打ち切りもあるという。まさに毎日テストされる感がある。

 経済的にも今月の動向は注目されている。株価の乱高下が話題になっている。個人投資家の影響力が社会を動かすまでになれば経済の仕組みそのものが変わっていく可能性がある。制限を受けているサービス業などの保護はどこまで行うべきか。その他の業界もどこまで持ちこたえ、どのような対策を施していくのか。

 政治的にはバイデン大統領の真価が問われ始める。前任者が大きく変えた路線をどのように自分の方向に変えるのか。中国の国際進出はどうなるのか。出遅れ感の高い日本はどのように存在感を主張していくのか。

 あらゆる方面で注目される如月が始まる。