説明力

 国際的に自らの立場を正当かつ適切に説明できる能力はどこから得られるのでしょうか。もちろん英語の語学力が大切なことは言うまでもありません。しかし、それだけでもなさそうです。

 私たちの協調性や礼儀正しさは均一もしくはそのように見える文化の中で育くまれてきました。説明する以前に常識という概念で自らの振る舞いが規定されてきているのです。なぜそうするのか、してはいけないのかは不文律として共有されていて、それを守らない人には軽蔑か無視の目を向け、仲間から除外されます。

 それが通用しなくなって立ち往生しているのが日本の姿です。我々の常識では卑怯もしくは不作法と思われるやり方を次々に繰り出してくる国際社会に直面して次の一歩が踏み出せないのです。

 相手に合わせることは大切です。そしてそれは日本文化が培ってきた美徳です。ただし相手に自分の意志が伝わらない場合は説明するしかありません。議論をすることも必要です。そのためには交渉力が必要になるのです。

 言い訳することは悪いことと教えられてきました。しかし、正当な言い訳まで封じてしまうと説明する力は育ちません。教員として面倒な作業ではありますが、説明する力を養うために生徒諸君に言い訳してもらおうと考えています。もちろん、それにまさる指導のための説明を私がすることになります。もし、必要は場合は。

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