横浜には様々な日本初があります。多くは近代の文明開化によるものです。
日本初と称するものの多くは海外のものやことを移植したものです。しかも単なるコピーではなく、無意識の和風化が起きている。取り入れたものを見よう見まねで作り出した結果、オリジナルとは似て非なるものができたのです。はじめはまがい物扱いだったものが、時を経て価値のあるものに変わってきたのです。
進取の精神は忘れてはならない我が国の徳の一つ。最近それを少なくとも私は忘れかけているようで自省していますが
日々の思いを言葉にして
タグ: 革新
横浜には様々な日本初があります。多くは近代の文明開化によるものです。
日本初と称するものの多くは海外のものやことを移植したものです。しかも単なるコピーではなく、無意識の和風化が起きている。取り入れたものを見よう見まねで作り出した結果、オリジナルとは似て非なるものができたのです。はじめはまがい物扱いだったものが、時を経て価値のあるものに変わってきたのです。
進取の精神は忘れてはならない我が国の徳の一つ。最近それを少なくとも私は忘れかけているようで自省していますが
素晴らしいアイディアは天災によって偶然生まれる。確かにそうかもしれません。歴史的がそれを証明するという人もいます。ただ、それだけではないのではないでしょうか。
何かが生み出されるとき、結局残らなかった失敗作が大量に作られています。その中でとびぬけた何かが含まれるものが画期的な作品になるのです。ということはブレークスルーを生み出すには作品を生み出しやすい環境を作り、多くの駄作を生み出す環境が必要だということになります。たくさんの失敗を許す寛容性が与えられなければ革新的な何かは生まれないのです。
私たちができることは何か。まずは失敗を恐れずになにかを作り続けることです。もちろん素晴らしい成果を期待して作るのですが、結果的に失敗しても仕方がないと割り切れる気持ちが必要です。次に作品を作ってみようという環境をつくることです。成功しか許さないという雰囲気の中では挑戦者は減ってしまう。厳しすぎる環境下では完全に委縮してしまって何もできなくなります。また、作品そのものへの評価も大切ですが、それに至るまでの行動や方法論などへの評価もなされるべきです。結果だけがすべてではないと考える風潮も大切です。
失敗の中から素晴らしい成功作品が生まれるためにはたくさんの出力があり、それを支える環境が必要だと考えます。
昨日の即位の礼は日本の伝統文化を世界に示すものでした。政治的な意味はもちろんありますが、それ以上に文化の持つ意味を世界に発信する機会になったことに注目すべきです。
文化は長い時間をかけて育まれ、少しずつ形を変えながらその本質に当たる部分を伝えていくものです。その意味を考えることは自分自身とは何かを考えることになり、他者を理解する礎になるものです。国の伝統文化だけではありません。私達が社会的生活をする生き物である以上、そして知的な生活を営む以上、様々な局面でそれぞれの水準の文化があり、それが人間らしさの保障となっているのです。
新しいものを生み出すときにも文化は役に立ちます。新しいものと考えるものもその基準となるものを常に求めているのです。伝統文化はその柱であり、それがあるからこそイノベーションも可能なのです。