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詩の授業

 中学時代の国語の授業で何をやったのか、実はほとんど覚えていない。教材の名前が上がればそのことは思い出してもどんな内容だったのかは忘却の彼方にある。だから、私が教えたことをいつまでも忘れるなとは人には言えない。

 ただ一つ印象的だったのは詩の授業だった。詩は声に出して読まなければ本当の良さは分からない。そういう説明を受けたあと、ひたすら音読、朗読をさせられた。随分変わった授業だと思った。その頃の私は素直であったから、こんなことをして何になる。時間の無駄だなどとはつゆ思わず。級友と声を合わせることを素朴に楽しんでいた。

 いまになって考えるのだが、韻文の楽しみはこれがきっかけに始まったのかもしれない。いまでも駄作を作り続けているのはこのときに詩歌の価値を気づかせてくれたからかもしれない。



 その師はすでに天に召され、授業の目的は何だったのかを教えていただくことはできない。ただ、いまの私には何一つ心に残す授業はできていないと考えるばかりだ。

詩を作る余裕

 下手くそなを書いている。最近一向に詩が書けない。創作をするためには時間と余裕が必要だ。時間はあればいいというものではなく、精神の解放ができる時間の塊が必要なのだ。

 それが今はない。空いた時間はぼうっとして浪費してしまう。恐らく問題はフィジカルな局面にある。体力的な余裕がないと心を飛ばすことができない。

 言い訳と言われれば反論はできない。逆境の中で創作を続けた文人たちに敬意を禁じえない。