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エイプリル・フール

 エイプリル・フールに面白い嘘を言ってやろうとはいつも思う。誰かを困らせるのではなく、笑顔にさせる嘘をつきたい。これは実に難しい。

裁判に負けた人が大統領になったり、闇献金の慣習を正すために就任した首相の金銭感覚がおかしかったり、憧れのアイドルが裏でとんでもないことをしていたり、最新の技術で建設されていたはずのビルがものの見事に倒壊したり、この世はまるで嘘みたいなことばかりだ。この虚偽性に勝てる嘘は中々考えられない。

 私はこれまで嘘をついたことがないから、嘘のつき方が分からない。このくらいが今日言えることだろう。嘘の道を極める必要がある。

維持している人たち

 よく日本の街はきれいだというが、その際に想起しなくてはならないのはそれを維持している人がいるということだ。単純にマナーやモラルの問題だけでは片付けられない。

 ゴミが落ちていないといわれる駅前でも、やはり捨てる人はいる。意図的に捨てる人は少ないが罪の意識なしに捨ててしまう人は多い。そして、他人が落としたゴミを拾う人は少ない。最近はごみ箱を置いていないところが多いので、拾っても始末に困ることもあるが、マナーの良さは他人のゴミ拾いまでには及ばないという訳である。

 ゴミが落ちていないのは清掃する人が定期的に巡回しているからだ。彼らがゴミを集めてくれているお陰で新たなゴミを捨てにくい環境が保たれているともいえる。その役割の大切さを訴えたい。

小学生に説明して

 私は授業の中で文中の用語や、表現を説明させるとき小学生でもわかるように説明してほしいという注文を出す。5年生くらいを想定している。何がいいたのかといえば、難しいことをいかに分かりやすく置き換えるかが大事ということだ。ただし、易しくしすぎて元の意味が分からなくなってはならない。あくまで言い換えでなくてはならないのだ。

 ご存じの通り、現代文の設問の大半は「~とはどういうことか」か「~であるのはなぜか」である。前者は文脈に沿って意味をとらえ、それを別の分かりやすい表現に言い換えよという意味である。多くの生徒は文中のことばパッチワークのように組み合わせ解答を作るが、中には出来上がったものが何を言っているのか意味不明のものもある。大半は本文の表現をそのまま切り取ってきているため、ピースを組み合わせると非常に不自然になるのである。この種の問題が求めているのは文中の語の組み合わせではなく、結局何が言いたいのかを表現を変えて説明することだ。

 小学生に説明してほしいとは過剰な要求かもしれない。まず述べられていることを解釈し、自分なりの表現に変換してさらに相手の語彙レベルとか認知のレベルを考えて調整しなくてはならないのである。相手が小学生ではなくて自分と同等の人に話すという前提でもよい。大切なのは自分ではない他者に自分の観察したことを適切に伝えられるかということである。

 多くの教育関係者の文章に「知ることとは何か」というテーマがある。それらを読むと単語として丸暗記し、それを試験で一気に吐き出すという行動は勉強の質としては高くないという。極論すれば意味のないことを丸暗記して、一定時間後にそれをアウトプットするだけでは知的行動にはならないということだ。個々の用語がほかの語彙と結びつき文章となったとき、そこに一定の意味を生じる。それが分かることが「分かった」という境地だというのである。小学生にも分かりやすくするというのはこの自分なりの概念を構築を求めるからである。

 難しいことを難しく語る人は実は良く分かっていないという人もいる。本当の賢人は難しいことを分かりやすく語ることができる人だという。私自身もそれを心がけていたい。

トータルでクリーンなエネルギー

 エネルギーに関する新技術の話は大きな期待を抱かせる。ただ、そのうち本当に実用化されるのはわずかで、さらにそれが実効的であることはさらに少ない。最近の話題はフィルム型太陽電池であるペロブスカイト太陽電池が話題である。開発に日本人や日本企業が関わっていることも期待される要因だ。さらに今日の新聞によると、原子炉の隣に水素製造施設を作り、ヘリウムガスを使って熱循環させることで発電とともに大量の水素の生成も行う計画があるとのことだ。安全性、特に災害時の速やかな停止ができるかどうかが現在検証されているという。東日本大震災の教訓を生かせるかである。

 石油・石炭を燃焼してエネルギーを得ることが地球規模の環境問題を引き起こしているという科学的知見から、いわゆるカーボンニュートラルを目指す必要性がある。太陽電池はその対策として生まれてきたが、現行の発電パネルは設置のために山林を削ったり、破棄の時に結果的に大量の二酸化炭素を排出することになることが問題になっている。ペロブスカイトはそれがかなり解消されるらしい。水素製造施設付き原発は、従来型よりも安全性は高いらしい。これからのエネルギー開発はトータルで環境問題を考える必要がある。様々な利益をもたらす可能性があるこの研究は、今後の主流になり得る領域だろう。

 科学技術ですべてを解決するという幻想は、私たちの世代にとっては広く共有されている。近代において科学がもたらした功罪を思い返す必要がある。でも、クリーンエネルギーへの幻想は甘美にして幻惑的な魅力がある。実現を期待している。

インフラ劣化

 八潮市で起きた道路陥没は衝撃的な映像とともに報じられている。このような道路が陥没する現象は時々発生するようだ。その原因が過去に造られたインフラが耐用年数を越えて使われ続けているのが原因らしい。

 いくつかの要因があるが、その一つにメンテナンスを粛々と行うための人材が不足していることがある。コンクリートやアスファルトで覆われた建造物も刻々と劣化してしまう。それを使いながら直していくことが不可欠なのだが、どうもそれがうまくいっていない。

 道路陥没や橋梁の倒壊は甚大な被害をもたらす。そうなる前の手当てが必要なのだ。今回の道路陥没の原因に埋設した水道管の破損が土砂の沈降をもたらしたのではないかと言われている。地中の状態を察知するのは専門家でなければ難しい。その技能がある人がどのくらいいるのだろうか。

 今後、高度成長期以降に造られたインフラが耐用年数を越えてゆく。もつとも恐れるのは各地で崩壊が群発することである。この方面の対策はあるのだろうか。

頼りない叔父さん

 大学共通テストの文学的文章の内容は、かなり痛烈な社会批判に読めてしまった。家族から非難され続けている叔父さんを子どもの視点で捉えるという内容だ。

 この叔父さんは定職につかず独学で芸術作品を作り続けている。どうもそれがあまりに独自過ぎるので家族からは無駄なことをしているとしか思えない。語り手の母はこの男の姉なのだが、面と向かって厳しい非難を続けており、男の母、つまり語り手の祖母は幾分同情の念をにじませながらも、男の行動を容認できない。

 幼い語り手にとって叔父さんという大人が全否定される姿を見るのはいたたまれないが、かと言ってその理解者にもなれない。生産性が低く、社会的通念に反するこの男の居場所は、自ら造った小屋の他にはなさそうだ。

 でも、この男はよく考えてみれば、非常にクリエイティブであり自分の人生を自己の才能で切り開こうとしている人物だ。今のところ社会的評価はないが、自己実現ができている。現代の日本にはこうした非組織的な人間の居場所はない。生き甲斐とか生活の感触より、どれだけ収入が得られるか。しかもそれを時間で割って生産性なるマジックワードで括ってしまう。そういう尺度が幅をきかせている今日にこの叔父さんは無用の人と分類されるのである。

 問題文として切り取られた部分だけで読み取るとこんなふうに読めてしまう。叔父さんは怠惰なのではなさそうだ。他の多くの人とはやり方が違うのだ。そういう人に寛容になれない現代社会の息苦しさを私たちは共有している。

観光とは何か、大学共通テストから

 共通テストの現代文の問題にも時代の影響が現れる。今年は観光とは何かという内容の文章が評論文として出題された。背景には昨今のオーバーツーリズムなどの社会問題がある。

 文章の内容に便乗して考えると、これまで日本人は外国に観光に行く側であり、旅の恥はかき捨ての乱行もあったはずだ。比較的礼儀正しいの言われる日本人観光客も、現地の人がどのように捉えていたのかは分からない。

 今、逆に多くの外国人を迎える側になって、一部の観光客のマナーの悪さを非難する論調を散見する。中には露骨に外国人の入店を拒む店もあるらしい。各店の定める基準に口を挟むつもりはない。ただ、外国人客をうまく取り込まなければ経営が成り立たなくなる業界もあるのは事実だろう。

 観光とは何かを考える今年の問題文はその意味で非常に今日的であり、考えて行かなくてはならない問題である。受験生にそのメッセージは伝わったのだろうか。

まずはカネを回そう

 いろいろなものが値上がりする中で外食産業は苦しい経営をしているという。原材料費の高騰は特に深刻でそのまま価格転嫁できないのも問題だ。日本の外食は為替レートの問題以前に安価であると言われている。しかし、質的な低下もできないので、結局は人件費の節約などになり、満足できるサービスができなくなっている。レストランでしばしば遭遇する下膳後回しの光景はその象徴だ。

 こうした状況を打開するには、国民の収入を上げることが第一でカネを回さなくてはならない。どうもこの誰でも分かることを、思いきってやってみる経済界の動きが欠けているように思える。じり貧になる前にやるべきことがある。

教員はいなくなるのか

 年の初めには過去を振り返るよりも将来を考えることが多い。ただ、私のような年齢になると未来を考える際に過去の経験を参照しすぎる傾向にある。前例にこだわりすぎてはならないと自戒するものの、やはり過去の例からものを考えなくては何も始まらない気がする。教員という仕事が将来なくなるという人がいる。AIの教育ヘの応用ができれば一斉教育をする教員という人間よりはるかに効率よく教育ができるというのである。これは半分当たっていて、半分間違っている。だから教員の未来予測については意見が分かれるのだろう。

 確かに一斉教育の弱点は個々人の能力や特性に配慮が届かないということにある。教え方の緩急も人によって調節するべきだし、少し厳しくいった方がうまくいく人と、自由にやらせた方が成果が伸びる人がいる。これは人次第なのだが、それにいちいち対応できない。いまでも優秀な教師はこのことを知っていて生徒に適切な助言をしている人もいる。でも、それがすべてうまくいっているのかといえばそうでもない。まぎれもなく生徒と教員との相性という要素もあるからだ。

 ならば柔軟にカリキュラムを個人向けに変えていくAI教師の方がうまくいくかといえばそうとも限らないから厄介だ。機械任せで学習するよりは結局、自分の力でやる方が身になる。また分からないことは教員に質問して解決したほうがはるかに理解が早いのだ。コンピューターで学習してうまくいく生徒もいるので一概には言えないが、私の経験上では大抵はうまくいっていない。私たちは大人も含めて情報機器の扱い方を習得できておらず、自分の能力を上げるための補助として使いこなせていないのである。

 この先の教員の役割はもちろん個々の生徒の精神的な補助をしたり、疑問点を先回りして考え、質問に備えるといったことがある。そして何よりも生徒の学習意欲を高めるあらゆる工夫をする必要がある。また学校という集団社会の中で個々人の役割を考えさせ、決して他人と同列になることが幸せの目的ではないということを知らせる必要がある。ある大学に入学せよというのは分かりやすい目標だが、それは多くある目標の一つにしか過ぎない。それよりも自分が何を学びたいのか、それが今後の人生にどのような意味を持つのかを個別に説明する存在であらねばなるまい。

 学習するのは個々人だが、学びに向かわせるのにはコーチがいる。それが教員の仕事なのだろう。そういう風に変わっていけば教員という仕事はなくならないだろうし、むしろこれから人材不足で積極的に求められるようになる。これから教員になる人には可能性のある仕事であること言うことを伝えたい。ただ皆さんの恩師と同じことをしていては先細りになるかもしれない。学ぶことが好きでそれを他人に伝えることができるか否かが肝要なのだ。

今年のニュース

 この時期になると発表がある10大ニュースという企画がある。読売新聞が発表した読者が選ぶ10大ニュースは、


石川・能登で震度7
大谷 初の「50⁻50」
パリ五輪 メダル日本45個
新紙幣 20年ぶり
闇バイト 続発
衆院選 与党過半数割れ
自民新総裁に石破氏
日航機・海保機 羽で衝突
ノーベル平和賞 被団協が受賞
「紅麴」サプリで健康被害

となっている。
 元日の大地震には驚いた。しかもその翌日に羽田の航空機事故があり、なんという年明けだと誰もが思ったはずだ。死者が出た海保機は能登への救援に向かう途中だというから、なんとも残念でならない。能登は9月にも大雨の被害があり死傷者が多数出た。重なる不幸を痛ましく思うとともに支援を考えなくてはならない。
 経済の分野ではGNPの順位が落ちたことが話題になった。円安に少子高齢化による構造的な問題もあり、この傾向は続く、ドル建てにした一人当たりの名目GDPでは韓国に昨年度から抜かれていたことが発表されている、日本の経済停滞は大問題であり、今後いろいろな問題が噴出する可能性が高い。
 政治の分野で自民公明の与党が衆院で過半数を割り、少数与党に転落したのは裏献金問題が直接の原因だが、経済政策に対して効果が得られなかったことが影響しているのだろう、いわゆるアベノミクスで一時的に衰退をごまかせたが、成長はできず結果として今の事態が起きている。野党は政権交代だけではなく、国民の利益になるような提案を起こして頂きたい。海外ではアメリカやイギリスなどで政権交代が起き、ウクライナやパレスチナの問題は一向に終わらない。被団協がノーベル平和賞を受賞したことも世界的な平和へのメッセージを送りたいということなのだろう。
 スポーツの世界では比較的明るい話題が多かった。オリンピックでのこれまであまり振るわなかった種目での活躍はめまぐるしかった。プロスポーツでは、バレーボールや、バスケットボールなどでの日本代表が国際大会でも勝てるようになってきた。サッカーはアジア大会ではかなり安心して戦えるようになっている。野球はMLBの大谷選手らの活躍が連日報道され、暗い話題が多い中で多くの人たちの救いになっていた。
 闇バイトなどのネットを利用した犯罪集団が多発しているのは残念だ。様々な不安定さが新たな犯罪を生み出す精神的な闇を生み出さないか。来年もそのことには注意しなくてはならない。