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人命救助

 災害が起きると救助に駆けつける自衛隊の皆様には敬服します。身の危険を省みず人命救助に向かうことは思うより容易ではありません。

 熊本県の球磨川流域で大規模な氾濫が発生しています。ヘリコプターで救助する様が動画サイトで公開されているのをみました。それは予想以上に危険な作業でした。その姿は感動を誘うものです。

 これから下さい水害多発の期間になります。救助隊を頼もしく思いながらも、できれば出動の機会がないことを祈るばかりです。

梅雨末期

 今朝は夏の陽射しが照りつけています。この陽気は一時的なもので、梅雨末期の危険な日々が始まります。

 梅雨の大雨による水害の大半は7月になってから起きていると記憶しています。河川の決壊など深刻な被害が多く、毎年犠牲者が出ています。累積すれば地震被害にはるかに甚大な深刻な問題です。

 今年はウイルス感染の脅威もあり、避難所に行っても安心できない状況にあります。なんとか水害が起きないようにと願うばかりです。

夜明けの地震

 午前5時の少し前に千葉県沖を震源とする地震がありました。最大震度は5弱とのことです。私の住まいのあたりも3程度の揺れが少し長めに続きました。

 今朝はしっかりとした降雨もあり、コロナウイルスの感染の脅威も消えていないとあって悪い要素が揃ってしまいました。このあとの梅雨末期の災害はかなり高い可能性として、大地震の発生は低いけれども影響甚大な要素として常に考えていなくてはなりません。

 日本人の心性を語る上でこの天災との付き合い方は不可欠の要素です。

少し心配な

 このところ中規模の地震が時々起きています。地震があるのは日本にとっては宿命であり、それだけでは特段のことではないのですが、最大震度4程度の地震が関東圏で度々起きていることは少々不安です。

 東日本大震災を経験した者としてはこの程度の地震で狼狽する必要はないのですが、いわゆる東海や南海トラフの状況は心配です。ネット上には常に予知とか予言とか言うものが登場し、その都度外れているのです。そういうものを笑い飛ばせるときはいいのですが、不安が募ると余計なことまで考えるようになります。

 科学的にもいつかは大規模な震災が発生する確率はある水準で存在するとのことです。常に崩壊の危機を深層に抱えながら日常生活を営む日本人の心性を改めて考え直してみたいと考えています。

パンデミック

 新型肺炎の世界規模の流行を世界保健機構がパンデミックと判断したようです。定義の有無に関わらず、この病魔の影響力の大きさは日々拡大しています。

 ただ、罹患すれば直ちに死に至る病ではなく、感染しても無発症の人までいるというウイルスです。完全なる隔離が難しいところが大きな問題でもあります。

 それ以上に厄介なのはこの度の不安感が日常生活の全般を不活性なものにしていることです。人、モノ、カネなどの交流と交換で成り立っている日々が損なわれるとうまくいかないことが増えていくことになります。すでに破綻したり、そうなりつつある企業が生まれつつあると言われています。

 単に恐れるだけではなく、守るべきものは守りながらも、やらなくてはならないことは粛々とこなしていくことが求められています。また、互助の精神も思い出さなくてはならないでしょう。

 震災復興がすまないうちに次なる災禍が訪れたことは残念ですが、立ち向かうしかありません。

深夜の警報

 未明に関東地方で地震がありました。最大震度4のやや大きい地震であり、その前にも余震らしきものがあったそうなので、揺れが大きかった地方の人は大いに驚かれたことでしょう。

 私の住む地域では震度2であるとの発表がありました。比較的長い横揺れがあり、目覚めてしまいました。設定上、速報は鳴動しませんでしたが、これも地域によっては鳴動したようです。

 深夜にかような地震が発生すると初動がかなり遅くなってしまいます。不安ばかりが先行してはかどりません。一種の警告としてこの地震を考えることにします。

高低差

 想定以上の被害を出している台風19号です。私の住んでいるところは幸い大きな被害はありませんでしたが、すぐ近くでは河川の氾濫や冠水、浸水などの被害が出ています。おそらく復旧までには相応の時間がかかることが想定されます。

 今回の台風被害の現状から浮き彫りになったことがあります。河川の氾濫にかんするリスクは日常生活ではなぜか忘却されていたことです。わずか数センチの高低差が水害を生み、それが甚大な被害をもたらすということは容易に想像ができることでありながら、なぜか日常生活の中では忘れ去られてしまいます。川の近くに住むということはそれなりの覚悟が必要なはずです。それがいつの間にか忘れ去られてしまう。特にその場所に長くい続けた人ではなく、新住民にその知恵が伝達されないままになっていることが多いように感じます。

 伝統的に川べりに住む人たちにはリスクを見越した対策があります。恐らくライフスタイルも被災を織り込んだものになっているはずです。そこには様々な知恵もあるはずです。私たちはそういう生き方も学ばなくてはならない。日本に住むということはどこであっても被災機会があると考えるべきです。今回は水害でしたが、ありとあらゆる天災に見舞われる可能性があるのがこの国の現実なのです。

 わずかな高低差が命運を分けるという今回の教訓はそれとして貴重なものですが、様々なレベルでこのような生死を分ける目安というものが実はあるのではないでしょうか。普段からそうしたものに敏感になること、そしてたとえ不利な条件でもそれに対応できる何らかの策を考えておくことが私たちがこの国で生きるための条件であると実感しています。

大雨

 台風19号が接近しています。過去数十年ぶりの猛威とのことで交通機関の計画運休や各種公共機関や商業施設が休業や営業時間短縮を始めています。私の住んでいる地域にも警戒レベルの上昇を知らせる通知が来ました。すでに強い雨が降り始めています。台風の位置からすると雨の量が多いことを実感します。

 今回の台風はその予測規模の大きさから早くから警戒が呼びかけられました。先の15号が急速に発達し、甚大な被害をもたらしたことの教訓が生かされているのでしょう。すでに巨大な台風となっている今回はさまざまな表現で危険性が呼びかけられています。おそらく残念ながらどこかで規模が大きな災害が発生するのかもしれません。

 昨日、近隣のスーパーやコンビニエンスストアは大変な賑わいになりました。特にパンとミネラルウォーターの在庫はほとんどなくなっていったようです。レジに並ぶ異様に長い列が印象的でした。この地域では台風が通り過ぎた後、流通が回復するまでの時間はそう長くはないはずであり、あきらかに過敏な反応ではありますが、ここまで大きな台風となればこうした状況が起きるものやむなしということでしょう。

 私は特に準備もなくすごしています。ただやはりどこかにもっと備蓄をしておけばよかったという思いがあるのは確かです。不安心理がつのるのもこういう状況ならではですがここは冷静にいかなくてはなりません。

元台風

 韓国では死者も出たという台風は日本海で低気圧のレベルにはなりましたが、依然として大量の雨雲を引き連れています。今日明日はその影響でかなり荒れた天気になるようです。

 今朝は雨で時折強く降っています。予報によるとこれから回復して午後には晴れるとのこと。最高気温は真夏日となる数字が予想されています。10月とは思えない暑い日々はまだ終わらないようです。

 房総半島の災害復旧が完全に終わっていないとのニュースがありました。関係者のご苦労を察するに余りあります。

ふるやのもり

 昔話のふるやのもりは笑い話に属するものですが、ある意味真実の教訓でもあります。

 盗賊という人災は何とか防ごうと思えばできないこともありませんが、天災はなかなかそうもいかない。人智を超えた災禍に見舞われればどうしようもなくなる。そんなことをいっているとも解せるのです。

 そして何よりも怖いのは、そんなふるやのもりの存在を簡単に忘れてしまうことなのかもしれません。日常に潜む脅威は突然牙をむきます。老夫婦のふるやのもりほど怖いものはないという言葉を私たちも肝に銘じるべきなのです。