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重陽節

 新暦の重陽の節句は秋の気分はまったくない。まして今年の場合は残暑というより猛暑そのもので風情も何もない。古代中国では奇数を陽の数としており、一つの数字な奇数の中では最大の9が重なるこの日は逆にあまりに陽が強すぎて不吉と考えられたらしい。その邪気をはらうための行事がこの節句の由来という。

 今年の場合、旧暦9月9日は10月10日になる。その頃になればおそらく秋色深まり空気も変わっているはずだ。この節句に欠かせないのが菊の花である。菊に薬効があるのかは分からないが、重陽の節句に菊の花は浮かべた酒、もしくはそれを浸して作った酒を飲むとよいとされていた。

 何を信じてよいか分かりにくい世の中だが、伝統的な行事は科学的根拠はなくても何か別の意味で大切なものがあることを考えさせる。

七五三

 子どもが着物を来て寺社参りをする七五三の行事は、江戸時代の武家の行事が広まったものという。11月15日をその日とするのも、由来があるとする説が普及している。恐らくこれは後づけであり、旧来の行事を分かりやすく整理し、呉服販売の促進のために関係業者が宣伝のために広めたというのが事実なのではないか。

 髪置き、袴着、紐解きといった子どもの成長過程に応じた年齢通過儀礼は、今より子どもの死亡例が高かった時代においては、祝福というより祈願の方が上位にあったはずだ。その意味が忘れられても、子どもの成長を祝うことは、本人よりも保護者たちの覚悟を確認するための機能を果たしている。

 先週末、神社に男の子を連れて行く家族に出会った。両親に祖父母が着物を着た男の子を囲んでいる。早速、どこかを汚したことを怒られていた。彼はこの先多くの保護者たち、さらには別の先輩たちの世話をすることになる。頑張ってほしい。

クリスマスチャンネル

 海外のラジオ局にいわゆるクリスマスチャンネルというのがある。一年中クリスマス関連の曲をひたすら流し続けるのである。実は私は個人的に嫌いではなく、時々インターネットを通して聴いている。

 クリスマスソングは実に多様であり、讃美歌からポップスまで幅広く年中流していても尽きることがない。有名なメロディは当然何度も出てくるが世界中のミュージシャンが様々なアレンジで歌うからレパートリーは無尽蔵なのだ。

 日本で同じようなことはできるだろうか。お正月の歌は意外にも多くはない。ポップスでも正月をテーマにした曲は少ない。できそうなのは桜関連の曲だ。サクラを歌った曲は結構ある。ただ年間を通して放送するだけの数はあるだろうか。

 盆などもそれを題材にした楽曲は少ない。行事と音楽の結びつきは日本では顕著ではないのだ。逆にいえば、例えば正月は楽曲の題材として発展しうる余地を残しているということになる。

 クリスマスの伝統の深さを知るとともに文化とは何かを考えるのである。

伝統文化

 伝統文化の多くは後継者不足に悩んでいる。高齢化も大きな要因だが、それ以上に文化継承の方法に問題があることが多い。

 どんなに価値あると評されるものでも、現在の私たちに何らかの価値を感じさせるものでなければ人生を傾けることはできない。それは実用性とか生産性などとは無縁でもいいが、他者を感動させられるか否かは大きな分かれ目になる。

 伝統文化を継承する人を育成するためにはこの感動経験が欠かせない。だから文化を守ることではなく、よく見せることの方が結果的に目標を達成することになる。そのためにも、多くの伝統文化に接する機会を儲けることが大切だ。

今日は旧暦の七夕

 今日は旧暦の七夕である。歴史上、旧暦で七夕の儀礼が行われてきたほうがはるかに長い。今朝は雨だが、夜に牽牛と織女の星は見られるだろうか。

 七夕というと今では新暦の7月7日に行われるか、月遅れの8月7日のどちらかである。7月7日では梅雨の只中であるので、分かりやすいひと月遅れの8月7日の行事が生まれのだろう。しかし、実際の太陽太陰暦は年によって対応関係が変化し、今年の場合は8月下旬になった。

 七夕の星と言われるヴェガとアルタイルを含む夏の大三角形は今のほうが遥かに見やすい。東京ではよほど条件が揃わないと難しいが、天の川もこれらの星を頼りにして見つけることができる。

 七夕は他の節句と同じように元は中国の行事に遠因を持つ。それを日本の宮廷が行事化したものがさらに民間行事へと変化したものと考えられる。日本の場合は古事記や万葉集などに見られる棚機津女(たなばたつめ)との関係もあるとする説もある。もとは神を迎える巫女が関与する行事だった可能性もあるというのだ。さらに、禊の要素も含まれ、天の川を禊の川と考える地域もあるようだ。笹の葉を飾り、時期が終わればそれを捨てるという行いももともとはこれに由来するという。どの行事にもいえることだが、歴史ともに意味や位置づけが重層化していくのだ。

 短冊に願いを書く習慣は江戸時代から始まったと言われ、本来、詩歌や裁縫といった芸能や技能の上達を祈るものであったようだ。最近は学業の向上だけではなく、恋愛成就や平和祈願、果ては推しに会えますようになど牽牛織女の専門外の願い事まで書かれる。このスターフェスティバルとなった七夕はこれからも変化していくのだろう。今日はその本来の日であることを記しておく。

春土用

 立夏の18日前からを春土用というらしい。土用というと夏のものばかりを思い浮かべるが、実は四季の全てにある。

 今年の立夏は5月6日なので春土用が始まったことになる。土用は陰陽五行説の土のエネルギーを獲得する期間とした雑節の一つであり、何らかの食べ物の摂取を推奨する。春の土用は戌の日に「い」から始まる食べ物か白いものを食すののが吉とされるらしい。

 迷信と言われればそれまでだが、身近なもので元気になれるのならばのってみてもいい。

伝統文化

 昨日の即位の礼は日本の伝統文化を世界に示すものでした。政治的な意味はもちろんありますが、それ以上に文化の持つ意味を世界に発信する機会になったことに注目すべきです。

 文化は長い時間をかけて育まれ、少しずつ形を変えながらその本質に当たる部分を伝えていくものです。その意味を考えることは自分自身とは何かを考えることになり、他者を理解する礎になるものです。国の伝統文化だけではありません。私達が社会的生活をする生き物である以上、そして知的な生活を営む以上、様々な局面でそれぞれの水準の文化があり、それが人間らしさの保障となっているのです。

 新しいものを生み出すときにも文化は役に立ちます。新しいものと考えるものもその基準となるものを常に求めているのです。伝統文化はその柱であり、それがあるからこそイノベーションも可能なのです。