初めてアイススケートをしたのは福岡のスケートリンクだった。年の離れた従兄が小学生の中学年だった私を連れていってくれたのだ。従兄は大学生だったと思う。
その頃は高度経済成長期で地方都市でも景気はよかったようだ。決して安くはない入場料と貸靴料を払うと、ほとんどがスケート初心者の危うい集団の仲間に入ることができた。ただ、そのなかには少数の中級者がおり、群衆の中を巧みに避けながらかなりのスピードで滑走していた。
私はスケート初日にして転倒し、顔に小さな傷を負ってしまった。従兄がひどく恐縮して親に報告したことを覚えている。親は笑うばかりで特に管理責任を問うこともなかった。私も従兄のせいだとは少しも思わなかったが、スケートは怖いものという先入観が完成してしまったのは事実だ。
その後、中学生になって東京で暮らすようになり、近くの代々木オリンピック体育館のリンクで何度かスケートをしたことがある。相変わらずよく滑れなかったが、転倒することはなく、周回くらいはできるようになった。
私にとってはスケートは決して日常とはなり得ない特別な行いなのである。それがときとしてとてつもない憧憬としてあるいは辿り着けない幻想として浮かんでくるのである。
その後、日本にもフィギュアスケートで活躍する人が出たり、スピードスケートでも日本人選手が活躍することがあってスケートへの関心は高まったが、私にとってはスケートは冬のある時期のさらに極めて偶然の動機によるものだった。
私にとってのスケートの思い出はかくして極めて断片的で非論理的な何かの塊だった。