泣かせどころ

 感動の入り口は方々にある。人を感傷的にさせようと企むならば文学を学ぶべきだろう。感情を操る方法は何通りもあり、それをどのように運用すればいいのかについても、様々な見解があるはずだ。

 ただそれは根気のいる仕事であり、飽きっぽい現代人には向かない。すぐに数十秒の動画かなんかができてそれを見れば分かった気になれるという方が人々に受け入れられるはずだ。そしてその浅い知識は結局役に立たないことが判明し、だから文学なんて役に立たないという結論に短絡される。結局、凡人にはできないことだと、知ったかぶりが吹聴することになる。

 でも、そうだろうか。誰でも人を感動させた経験を一つは持っているのではないか。それは何らかの技巧を弄したわけではなく、ただ思ったことを語ったところ、感激したというリアクションをもらったという経験のことである。巧まずして人の感動を引き出すことはあるのだ。

 私自身、日常のさりげない光景に思わず感動してしまうことがよくある。突然訪れる感覚なので自分でも説明不可能だ。見慣れた風景がかけがえのないものに見えてくると感動のトリガーが出現する。そして多くの場合、それを引いてしまい、涙腺に刺激を与えることになるのだ。

 泣かせどころを心得ているのは表現者の大切な資質だ。俳優はそれを経験を通して知っている。だから、特別な仕掛けがなくても他者の感情に働きかけることができるのだ。

 プロの表現者のような技能は無理だとしても、私のような凡人にもできることはないわけではあるまい。他者を感動させるためにはどのように振る舞うべきなのか。それを考えることを諦めたくない。

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