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やってやろうじゃないか

 先生は漢検の級もっていないんですか。生徒に聞かれたとき用意している答えがあります。私が高校生の頃、漢検がなかったんだと。

 大抵はここで引き下がるのですが、時々このバリアを突破されます。それならいま受けたらいいじゃないですかと。これも苦笑いでかわしてきたのですが、どうも後味がよくない。そこで一念発起することにしました。来年度中に準1級に合格しようと思います。ブログに書くのは公約のつもりです。

 準1級は実用レベルを越えた漢字の知識が問われます。ほとんど使われることがない文字や熟語が大多数を占めます。デジタル時代では入力できる文字が少ないので、このレベルの文字は使えないことも多い。漢文学の知識も要るようです。

 目標は大きい方がよい。ならばやってやろうじゃないか。いまはそんな気持ちになっています。

やってみせる

 やってみせることが大切をと感じさせられました。ある教育法の紹介です。

 その方は子どもに勉強しなさいとはあまり言わないそうです。ただ英検、数検、漢検にはこだわりがあってすべてを2級以上取得することを勧めているそうです。それだけならよくある話なのですが、この方の場合はご自分も検定に挑戦して子どもとともに勉強していらっしゃるところです。

 あと2点足りなくて合格できなかったと悔しそうに、そしてその割には楽しそうにお話していました。漢字検定の準1級に挑戦していらっしゃるのです。子どもに2級を勧めた以上、その上に挑戦する姿を見せたいというのが最初の目的だったとか。漢検準1級は普段あまり使わない漢字が多数使われ、マニアの域に入るなどといわれます。受検数も合格率も低い。そこに敢えて挑戦していらっしゃる訳です。

 率先垂範の精神に他なりませんが、ご本人自身もまるでゲームの攻略か一種のスポーツのように楽しみながら検定に挑戦されていることに感銘を受けました。やってみせることも大切だと実感したのです。

形から変えてみる

 形から変えてみることも大事です。膠着状態を破るきっかけの一つにはなります。

 現状の打破がなかなかできないときには内容よりも外見を変えてみるという手もあるのではないでしょうか。外見が変わればそれに伴う環境に多少の変化をもたらすことができます。付け焼き刃でもしばらくは効果があります。そのうちに中身が追いついてくるかもしれない。それを待てばいいのでしょう。

 長らく使った衣装を着替えることは勇気が要ります。これまで培ったイメージを捨てることになるかもしれない。それでも次の段階を目指すためには、場合によっては評価を一変させる手段が必要になるのです。

手に負える時間

 常に忙しく暮らしている私ですが、多忙の中にも何とかなるときとそうでないときとがあります。時間は平坦に存在している訳ではなさそうです。

 ルーティンワークはいくら多忙でもなんとか切り抜けてしまうことが多いものです。場合によっては多忙であることに麻痺していることもあります。私の場合は朝の一連の動きについてはやることが多いのにあまり印象に残りません。

 対して普段やらない仕事や突発的に起きたことなどは重圧となって心にのしかかります。あとから考えばさほど大変でもなかったことに、多いに緊張し打ちのめされます。そういうことに当たるときの多忙感は非常に大きなものです。

 私にとっては手に負える時間と負えない時間とがあることになります。手に負えない時間が精神的負担をもたらすのならば、その時間を飼いならすための方法を考える必要があります。色々な克服法があり、さまざまなアドバイスもありますが、根本的な解決はできません。むしろこの時間帯はうまくいかないことが多いものと割り切らなくてはならないと考えた方がよさそうです。そのあとに手に負える時間がくるはずですから。

 時間が人間とは無関係に存在するものとは最近は考えられなくなってきているのです。

ハードワーク

 快進撃を続けているラグビー日本代表がインタビューのたびに口にする猛練習や犠牲という言葉になぜか懐かしさを感じます。どこか古き良き時代の香りが漂うのです。

 練習の努力は必ず報われる。成功したスポーツ選手はしばしば口にします。最近ではプロゴルファーの渋野日向子選手が活躍の裏に人一倍の練習を続けていることが話題になっています。恐らく練習を続けられること自体が一つの才能であり、それが結果として表れるということなのでしょう。

 努力は報われるという美談は現代では様々な障害に阻まれます。なるべく小さな努力で大きな成果を出すこと、効率性や生産性に意識が向きすぎている風潮にあって、汗水流すことは決して賢明ではないと考えられてしまうからです。スポーツのように明確な目標が見えない社会生活においてはまず何をどうやればいいのかを考えているうちに結局何もしないということになってしまうことが多いものです。

 無駄になってもいい。後になれば無駄でなくなるかもしれないというより俯瞰した考え方が必要なのでしょう。目先の効率性ばかりを考えていては現状打破は起きない。ときにはただ走る、ただ筋肉を鍛える練習をし続けていてもいいのだと考えるのです。

半期終了

 9月は今日で終わります。年度で言えば折り返し地点に着いたことになります。日中の最高気温は夏日のままですが、それでも確実に季節は変わり続けています。

 改元の次の大きな変化として消費税値上げが明日に迫りました。少しずつ変わっていく状況に私たちは注意をするべきです。どうもただ日々を過ごすだけで終わっている。そんな毎日から目覚めなくてはなりません。

 自分が今どこにいてどこに向かおうとしているのかを確認する。9月尽はそのような一日にしたいと考えています。

始動

 9月は私のような職のものにとっては再始動の時です。ここまでのことを踏まえつつも新たなことを始める月です。

 新しいことを始めるのはある意味強い圧力を感じます。それがうまくいくのか失敗するのかという不安があるからです。これまでもそのどちらをも経験してきましたので全く予想がつかない。そして、私だけではない日本人の気質として、周囲からのどのようにみられるのだろうかという位置づけについて気にしすぎてしまうという問題もあります。いろいろなことに気をまわしているうちに本当の力が出なくなります。

 新しい環境に身をさらすことが危険であることを遺伝的に受け継いでいる生命としての遺伝が緊張を発生させるという話を聞いたことがあります。同じことを繰り返している方が安全だという生物的な知恵です。しかし、それが停滞を生み、やがては立ち行かなくなることも事実です。新しいことをするためにはやはり心拍数をあげるような時間も必要なのでしょう。

 今月はその新しいことを始める時です。今に集中することを忘れずにやるべきことを重ねていきたいと考えています。