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現金逆風

 新型コロナウイルスの流行によって私たちの生活はいろいろな変化を強いられています。現金のやりとりについても注目されるようになってきました。

 あらゆるところで接触行為がはばかられる今、現金の受け渡しについても配慮が必要とのことでトレイに乗せて行う店が増えています。これは手と手が触れ合うことに対する対策と考えられますが、紙幣や硬貨に付着したウイルスについにはいかんともし難い。専門家によればその都度、石鹸を使えというのですが心理的抵抗感は残ってしまいます。そこでキャッシュレスの動きが加速する可能性があります。

 キャッシュレス化については産業界の要請によって推進されています。税制上の優遇措置は周知されており、FeliCaやバーコード決済の利用者は増えています。なんとかペイの乱立はその象徴です。現金輸送コストをさげたり、サービス提供側に消費者行動のデータが残ったりするメリットが値下げ以上の効果があるようです。

 ますます現金派には逆風が吹いているといえます。

通勤リハビリ

 ご存知の通り東京の満員電車の凄まじさは異常です。その生活から一時的に解放された日々を送ってきた私たちにも、再びあの日々が戻ってきます。

 東京の通勤電車の混雑の治安が維持されているのは、長い間順応してきた国民的努力の賜物です。他者に迷惑をかけないという教育以前の思考形式というか国民性とでもいうべきものが、異常な過密状態でも正気を保てる原因だといえます。

 ただこの性質は常に更新されなくてはすぐに消えてしまうものなのかもしれません。毎日、過密な人間関係を経験しているからこそ、保てる感覚なのかもしれないのです。すると今後数か月は非常に危機的な状況になるかもしれません。

 以前の寛容力もしくは忍耐力が回復できるのでしょうか。すでに勝手に自警団を自認して、同調圧力の先導者となっている人々がいることを考えると少し恐ろしい予感があるのです。

 冷静に大局を見られる人は実はさほど多くはありません。また、考えていても他人に引きずられずに信じることを通せる人も多くはない。かく言う私も結局長いものに巻かれる日々を過ごしています。

 とりあえずは通勤電車に乗っても動じない心の強さを取り戻すリハビリテーションをやっていこうと考えています。

暑さという新たな敵

 ここ数日夏を思わせる暑い日々になっていますこの暑さは熱中症という新たな敵をもたらします。

 夏を迎える前に私たちは身体を暑さに馴らしていく必要があるようなのですが、外出自粛の元剤ではそれも叶いません。そのために今年は想定以上に熱中症にかかるひとがふえるのではないかと懸念されているのです。

 とにかく家に、から、時々気をつけて運動を、にシフトしなければならないようなのです。

いつ終わる

 深夜に鳴り響いた緊急地震速報のために驚かされ、寝起きが不愉快な朝です。加えて昨日から喉が痛く、風邪を引いてしまったのかもしれません。

 私とほぼ同世代の人がコロナウィルス感染による肺炎で命を落としています。病の自覚があってから数日で重篤化し、場合によっては死に至るという過酷な経過を辿るのだそうです。

 私自身がコロナウィルスの感染歴があるのか。抗体が獲得されているのかは分かりません。突然発病して落命する可能性もあるのです。

 人生に決まった未来はなく、常に偶然の結果で次に進んでいるのはいまに始まったことではありません。ただ、こうした事態に直面すると運命とは何かなどと考えてしまうのです。

辻占

 偶然通りかかった道すがら、二人のご婦人の話し声が聞こえました。いわく、いまは日本が変わるチャンスだと。

 コロナウイルス感染予防による外出自粛は法的効力は弱いものの、国民の間にはかなり浸透しているようです。同調性の強い国民性は今回は奏功しているように感じます。ヨーロッパやアメリカの死者の数の多さを見せつけられるとそうせざるを得ませんが。

働き方改革という言葉が昨年は何度も繰り返されていました。労働時間を切り詰めても生産性を落とさないという無理難題に苦しめられていました。それがこのステイホームの状況でより難度の高い課題を突きつけられることになっています。その答えはいまだ見つからないものの労働時間短縮はもしかしたら可能ではないのかという予測ができるようになりました。

 そう考えるならば奥様方のおしゃべりはそれほど的を外してはいない。むしろこの機運を高めていく必要を感じています。ピンチはチャンス。制約は飛躍のための屈伸です。

精神の安定

 ステイホームの政策ほ一定の効果は発揮できているように感じられます。爆発的な死者の増加は今のところはなく、医療崩壊は最低限に抑えられています。とはいえ、感染者数の増加は指数関数的であり、一部の病院ではトリアージを行わざるを得ない状況にあることも事実です。

 もっと恐ろしいのは分断生活で失うのものがある可能性があることです。集団の団結力、協調性といった日本人のある意味最後の財産とも呼べるものが失われれば大損失と言えるでしょう。恐怖心やそこから発せられる憎悪や異種知り捨てが起きることも不安要因です。小さな疑いが不寛容な人間そして社会を作り出していきます。

 ウイルス感染対策とともにいま大切なのは精神面の安定です。文化的な活動も止められている現在、何が支えになるのかを考えていかなくてはならないと感じています。

高くてもよいものを

 海外依存度の高い我が国の経済の弱点が顕在化しています。必要なものが自国で生産できないことからくるハンディは深刻です。

コロナウイルス流行によって産業が停滞するなかで、生活必需品も供給不足になる可能性があります。マスクなど医療品は海外依存度が特に高いようでこれが現今の混乱を招いています。

 この原因の一つに日本の企業が生産拠点を海外に移したことが挙げられます。人件費などのコスト削減を目的としたものでした。この動きは技術の流出に繋がり、ついには日本製品より安くてよいものを作るきっかけを与えてしまったことになります。

 安いものを買えることは消費者としては嬉しいことなのですが、これが国内産業を圧迫し、脱落させることに繋がっていることはなかなか実感できません。示されるのは少し品質が良さそうだけれども高価な品物です。私たちはこれをあえて選ばなくてはならない段階にあります。

 自分の共同体を守るためにあえて近くのものを買う。これがどれだけできるのかが将来を決めます。

マスク販売

 ネット上にマスク販売の予告が出るようになりました。安価なものから高価なものまで様々です。アベノマスクの影響で転売目的の人の目論見ははずれそうですが、いまだ需要に供給が追いついていない状況にあります。

 ネットでのマスク販売元のサイトを読むと、生産国が中国であると書かれていました。マスクやアルコール消毒液などの医療品を海外製品に依存している問題点が露呈しています。コスト削減のために安価な輸入品に任せていいものなのか。非常事態になると改めて考えさせられます。

 マスクの長期にわたる品不足はこの問題を考えるいいきっかけです。トイレットペーパーのように海外依存度の低いものはなんとかできても、拠点を外国にシフトしたものはいざとなるとなくなってしまう。消費者レベルで考えれば、高くても自分の安全のために国産を買うべきなのでしょう。

春なのに

 なかなか朝夕の気温が上りませんが確実に季節は進行しつつあります。春になったというのに素直に喜べない状態が続いています。

 コロナウイルスの影響によって各種の産業が停止状態にあります。この先どうなってしまうのか心配です。春の様々なイベントもキャンセルされていますが、それが今後どのような影響を及ぼすのかはまったく予測不可能です。

 5月再開と言われてそれを目標にしてきましたがどうも怪しくなってきました。こうなったら次の対応を考えておかなくてはなりません。損失を獲得に変える手立てを考えるべきなのです。私はいまだ半分リモートワークなのですが、完全に自宅勤務になってもいいように準備を進めます。

 自宅勤務の大問題は気持ちの切り替えが難しいことです。それも工夫をしていくしかありません。やるべきことはたくさんあります。やりとげることで生活のバージョンアップをはかろうと考えています。

運動不足

 最近の問題点として慢性的な運動不足による体調不良があります。授業で数時間黒板の前に立ち、声をはるだけでも幾分かの運動になっていたのですが、いまはそれがありません。

 いまさら、気づいたことに筋肉の衰えは意外にもはやく起きます。座ってばかりいると背筋が落ちやすく、その結果立っていることが辛くなります。そういう悪循環が状況をさらに悪化させます。

 東京は今日にも非常事態宣言が出るようです。非常事態が予告されて出るとというのは形容矛盾です。どうも、政治的意味合いが強いものらしく、切迫した言葉としては響きません。軽症者が多い病といって油断するな、感染者を隔離していたら病床がなくなる。まずは己の身を慎ましくして人に迷惑をかけるな、ということを「民主主義的」に表現するとこうなるということなのでしょう。

 日常生活が営めないことから起きる心身の不調を保全することは、私だけではなく昨今の緊急課題なのです。