タグ: 災害

早朝の地震

 早朝の4時16分、房総半島南部付近を震源とする地震があった最大震度は5強という。震源がやや深めであったので、私の住む地域でも震度3の揺れが長めに続いた。東京でも震度4の地域もあったという。

 早朝だったため、混乱は抑えられたようだ。震度4以上でエレベーターが自動停止する設定になっているところは多いらしく、数時間ずれていれば閉じ込められた人が多数出たはずだ。

 今回は数名の怪我人が出る程度の被害で済んだ。ただ、この規模であっても時間帯や発生地によっては違った結果になることを考えておきたい。少なくとも何かに乗る時は出られない時間帯があるかもしれないことは折り込むべきだろう。

12年目

 東日本大震災から12年が経過した。12年も経つとかなり記憶が曖昧になっている。それは経年の習いでもあるし、災禍を忘れ去ろうとする本能も関係している。でも忘れてはならないことである。

 いわゆる被災地ではない場所に住んでいる私にとってもこの震災は大きなものだった。ちなみに私が住む市内でもこの災害による死者は出ている。しかし、建造物の倒壊は軽微であり、ライフラインも何とか保たれた。福島第1原発の事故による放射能漏洩の恐れが連日報道され、過敏な人は国外に去った。しかし、多くの市民はなにもできず、出資を控えた企業の影響で、公共広告機構ACの啓蒙的なビデオが繰り返し流れたことを覚えている。

 地震発生の日は職場から帰れず、翌日からは途中駅までしか鉄道が動かなくなった。それでもパニックも起きず、食料の供給も途絶えなかった。私は当時からブログを毎日書いていたが、そのころの書いた記事を時々読み返している。焦りや怒り、そして根拠は薄いが希望を持つべきだというメッセージを書き連ねていた。

 12年経ってその後に起きた他地域での地震や、景気の悪化、政権交代、そして近年のパンデミックなどで震災の印象はかなり薄くなってしまった。しかし、南海トラフ地震の可能性は依然として高く、壊滅的な被害がでるとの予測もある。いざというときに何をすべきなのかをもう一度考えたい。

 震災から12年。もしあの時、自分が被災していたらと思うと複雑だ。その日の被害者が12年後に何をしている可能性があったのか。それを思うとその人の可能性が失われたことに大きな悲しみを感じる。そしてその代わりに生きているおのれのことをもう一度考えなくてはならないとつくづく思うのである。

トルコ支援

 大地震で甚大な被害が出ているトルコを支援することは日本にも利がある。利益のための人助けは日本人が嫌う価値観であるが情けは人のためならずのことわざに従う必要もあると考える。

 まずは人道的な意味での支援のリーダーシップを取ることだ。地震国としての日本が災害時には助け合うという精神を世界に広めるにはこの機をおいてない。

 次に被災地の情報を収集し、災害時の作業工程を体験し学ぶことだ。我が国には必ず大災害が起きる科学的予知がある。震災は免れないが、被災後の復興の方法を知ることは国益に大いに関係する。

 耐震免震の構造物をトルコに建てることも日本の貢献できる方法だ。東日本大震災でも建築物の倒壊は少なかった。この技術を世界に共有するべきである。もちろんビジネスとして行う必要がある。そうでないと長続きしない。

 震災の多い先進国は少ない。それにはそれなりの役割があるはずだ。トルコやシリアの支援は日本が存在感を世界に示す機会でもある。不況で苦しい毎日だが、禍のあるときには助け合い、自らの贅沢を慎むべきだろう。

耐震と免震

 トルコとシリアの大地震の被害が報道されるたびに大きくなっているのは残念というしかない。かなり大きな地震であったことは確かだが、被害を大きくしているのはやはり建築物の工法の問題だと報じられている。

Photo by u0410u043bu0435u0441u044c u0423u0441u0446u0456u043du0430u045e on Pexels.com

 日本のように頻繁に地震がある国だと耐震構造はかなり普及しているようだ。東日本大震災では津波による大規模な被害が発生したが、高層建築物の被害は少なく、ほとんどが被害がなかったか軽微な被害であったという。耐震や免震に対する技術が奏功したと言われている。東京でもかなり揺れたが新宿の高層ビルも、建築途中だったスカイツリーも深刻な被害がなかった。実際に地震が起きないとこうした技術の成果は検証できないのが問題といえばいえる。

 トルコの被害状況を映像で見る限り、高層建築が大破しているものが多くみられる。同じく地震国でありながら、建築に関する基準が異なっていたことになる。前にも書いたが免震技術などは積極的に伝えるべきであり、世界に広げるべきものであろう。

 地震を止めることはできないが、建造物の倒壊を少なくすることは可能だ。その手伝いを我が国はもっとするべきではないか。

余震

 今日18時9分頃、宮城県沖でマグニチュード6.9の地震が発生し。最大震度5強を宮城県で観測した。気象庁によると2011年3月の東日本大震災の余震ということだ。10年経っても余震があるとは実に驚きである。

 先月も同規模の地震がありやはり余震とされていた。地震は収束に向かっているのか、それとも新たな大地震の予兆なのかは誰にもわからない。今回は津波注意報まで出た。東北の皆さんには心配であろう。察して余りある。もうそろそろ終わるかと思えばまたぶり返す。日本にとって地震との付き合いは止むことがないのだ。プレートに上に浮かぶ船のような日本列島に生きる以上、これは覚悟しなくてはならない。

 常に内心に危機を感じ、突然訪れるかもしれない終末を潜在意識のなかに持ち続ける。これが日本人の心性を形成している。

記憶

 震災記念日を過ごしたが、10年前本当に不安だったのはそれからの日々だった。福島を始めとする原発や火力の発電設備に支障があり、エネルギー不足に直面したからだ。

 街頭が部分的に消され、電車内の照明も間引きされていた。広告用の電球は優先的に外されたようで結果として街は暗くなってしまった。

 毎日放射線の量が発表され、それがどの程度深刻なものなのか理解できないまま、小数点以下の変化に一喜一憂していた。

 終わらない余震、ソーシャルメディアに出ては消えるデマなど、心を揺らすものは止まらなかった。地震発生後の経過を振り返ることは苦しいが、今後のためにはやっておかなくてはならない気がする。

10年目

 東日本大震災から今日で10年経ったことになる。震災発生時は職場にいてその日は帰宅できなかった。翌日部分開通した電車で途中まで行き、あとは歩いて帰宅した。東京でもかなりの揺れがあり、近隣で死者が出た。ただ、自宅の家具はほとんど無事で不思議なほどだった。

 恐怖はその後にやってきた。福島の原発事故や、各地の発電所の停止による計画停電、ライフライン寸断の脅威などいろいろあった。それらを乗り越えてきたことは考えてみればかなり歴史的なことだった。

 そしてパンデミックが起こり、いまに至る。私たちの生きる世界はいつもなにかが起こり、それへの対応が迫られる。この国に住む限り、グローバル時代に生きる限り、この事実からは逃れられない。震災記念日はそれを再認識する一日なのだ。

デマを読む

 東日本大震災の余震と見られる先日の大きな地震は多数の負傷者を出したものの死者は出なかったようだ。原発などにも事故の報告はない。ただ、今回も問題になったのはネット上に溢れた様々なデマや不適切なメッセージだ。

 ツイッターでは地震の後に人工地震というキーワードがトレンドとなった。人工地震とか地震兵器といった言葉は2011年にも散見されたが、それが非科学的であることは周知されてきたはずだ。今回はジョークとしてこの言葉が扱われている。緊急時の発言としては極めて不適切だ。どうもソーシャルメディアはこの手のメッセージに市民権を与えてしまった。

 送り手の特定はかつてより容易になったといわれる。匿名性はあるレベルを越えると維持されない。ただ、表現する自由に踏み込みすぎるとソーシャルメディア自体の価値が損なわれる。社会としても損失だ。

 結局、私たちがデマを読む力を持たなければ仕方がない。何を信じるべきなのかを日頃から意識しておく必要を感じる。地震のような異常事態でもぶれることがない判断力をいかに身につけるのか。それが大きな課題だ。

10年後の余震

 昨夜、東北地方で大きな地震があった。最大震度は6強という。かつてなら歴史的な大地震とされただろうが、東日本大震災以来、各地で発生した大きな地震にすっかり慣れてしまった。今回はその大きな数値とは裏腹に被害は大きくはないようだ。津波も発生しなかったのは幸いと言える。

 関係者の報道によるとこれは2011年の東日本大震災の余震という。まもなく10年目を迎える大地震はまだ幕を閉じていないことになる。震源地を見ると仙台沖であり、これも先の大地震のそれと近い場所だ。これより南北に離れたところで地震が発生するとされているので、まだ地震発生のエネルギーは解消されていないことになる。

 昨夜はかなり疲れていたこともあり、東京も大きく揺れたが結局そのまま寝てしまった。よくも悪しくも地震には慣れてしまっている。危機に対する私の(もしかしたら日本人の)特性なのだろう。これだけ多くの地震が続いてもすぐに忘れることができるのは、考えてみれば恐ろしい。たくましいとか、したたかとかいろいろな言い方ができるかもしれない。

 10年たって何が変わったのか。防災意識はたしかに高まった。しかし、実行に移していることは少ない。一つだけ言えるのは慌てなくなったということだ。何とかなくと割り切ってしまうことが増えた。収穫なのだろうか、退化なのだろうか。

台風が来る

 これまで台風が全く来ていない。観測史上でもまれなことらしく、異常気象の一つの現象かと言われている。台風の原動力と考えられる海水温の上昇は十分にあり、ここ数日、列島は猛暑に見舞われている。それなのに台風が来ないのは極めて異常である。

 ところがついに今度の台風9号は本州に上陸するかもしれない。最近の台風は規模が大きかったり迷走して思わぬ方から接近したりする。その被害は甚大だ。来ない方がいいに決まっているが、一方でようやく本来の気象現象が起きるという思いもある。

 台風のエネルギーはものすごい。2018年の台風18号は関西国際空港を機能停止させ、しばらく孤立させた。2019年の台風19号は東日本に大きな爪痕を残し、多数の死者行方不明者を出している。ここ数年の台風は来れば猛烈であるというのが特徴だ。

 自然の脅威に対してできることは少ない。ただ気象レーダーや予測進路の解析能力の向上によって事前に備えることは可能になっている。せめて危険回避の行動を少しでも早くとることを願うばかりだ。