
久しぶりに雨の朝だ。気温も高いので蒸し暑いが直射日光よりはましな気がする。隣家の壁にに大きなナメクジが這っていた。普段なら気味が悪いだけなのだがこのところの暑さをどうやってしのいでいたのかと不思議な思いになっている。
予報ではこのあとまた晴れるらしい。変動が激しい日は要注意だ。
日々の思いを言葉にして
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昨日、関東地方など多くの地域で梅雨が明けた模様との発表があった。いわゆる梅雨明け宣言だ。関東では21日間の梅雨だったというが、その期間の短さも降水量の少なさも記録的なものになっているという。梅雨明け10日という言葉があるが、今年の場合は果たして10日で済むのか心配である。
昨日は電力逼迫に関する情報も出た。これだけ暑いと冷房を入れざるを得ない。公共の場に集まることも歓迎されない状況においては各家庭でエアコンを稼働することになる。電力消費を抑えなくてはならないと思っても、熱中症の恐怖もあるので何とも難しい。
この夏はある意味緊急事態である。だから、思い切った方策も必要だ。サマータイムのように始業と終業を早めるのもいい。暑いときは無理に仕事をしないというのもありかもしれない。こうした工夫はこの後、様々な形で紹介されるはずだ。
体力の消耗が激しい高温の状況下では短期集中しかない。一日の後半はあきらめてとにかく朝にかけよう。などと思いつつ結局夜更かししている。今年の暑さとの戦いはかなり長そうだ。

今日から3月が始まる。私の職にとっては年度末であり、色々な変化が一気にある。
なかなか終わらないコロナ対策の日々、始まってしまった大国の関与する戦争、花粉症への対応とまずは基盤にある問題を切り抜けなくてはならない。
それに加えて業務のまとめと引き継ぎ、非定期の案件の対処などやるべきことが多い。何から手を着けるべきなのか。考える暇もないほどだ。
もし10年前の自分なら残業や休日業務などで切り抜けたはずだ。いまはその体力が足りない。その日できても後が続かない。いまはできることからやる。できなければ諦めるという体たらくだ。
でも、結果的にはその方がいいのかも知れない。ゴールを欲張らず、大切なことだけを完全にしたほうがいい。そう考えることにした。

私は決して字が上手くはないが書くことは好きであり、手書きする機会は一般の人よりは多いほうだと考えている。最近、痛感しているのは筆圧が肝心であり、それを意識するには万年筆で書く機会を作ることだということだ。
筆圧を調節することは意外に難しい。鉛筆やボールペンなどは筆圧の加減をあまり意識しなくても書ける。ただ、多くの場合筆圧が強すぎると筆先の制御が難しく意図した字画が書けない。結果として下手な字と認定されることになる。
筆圧に敏感な筆記具を使うようにすればこの事実に気づくことができる。一番いいのは毛筆だろうが、すぐには用意できない。筆ペンもよいがいつも筆ペンを使う人は少ないだろう。万年筆はその点、日常使いができるのでよい。日本のメーカーが作っているものの中には筆のようにしなるペン先を持っている製品もある。
万年筆で字を書こうとするといつもより力を抜かないと上手くかけないことに気づく。すると、いつの間にか力が抜ける。この感覚を他の筆記具でも援用すると思い通りの字画が書けるような気になる。これが大事だ。
安い万年筆もたくさんある。インクが途切れず出るものであれば、上記の目的は達成できる。私がようやくたどり着いた境地だ。

日本ではいまが入試のシーズンだ。すでに受験が終わり、結果も出たものもあるかもしれない。その中にはうまくいかなかったものもあるかもしれない。私もそういう経験をいつくも重ねているので、それなりに残念な気持ちは理解できる気がする。もちろん本人でないと分からないことのほうが多いはずだが。
試験の結果は人生の方向を変える。それだけに結果にこだわるのだ。でも、よく考えてみれば方向はその時に変わっただけのことであり、それでも前に行きたいのなら行けばいいのだ。隘路は少々進みにくいが目標がもっと遠くにあるならば辿り着けるかもしれない。
別の向きを見たことで開ける風景もある。あるいはそちらの方がよかったということもしばしばある。多くの場合、それは後になって気づく。
試験の結果を人生の分岐のように言う人は多い。以上のような訳でそれは半分正解で半分は当たっていない。落ち込むより次を考えた方がよい。試験ですべてが決まるような時代はかなり前に終わっているのだから。