タグ: 散歩

梅の花

梅花

 実家から散歩をすることにした。田園の中を歩くと時々梅花に出会う。恐らく地主の趣味なのであろう。通りすがりの私にとっては嬉しい偶然である。

万葉時代は梅花は舶来の花という感覚が強く、海外の植物という感覚があったようだ。令和の元号の由来となった大宰府の梅花の宴の歌のようにどこか構えた作品が作られたのが当時の梅に対する思いなのだろう。

 現代人は梅をむしろ和風のシンボルのように考えている。梅花を愛する気持ちは恐らく世界一ではないかとも思う。梅鉢の模様は天満宮のみならず、日本人の多くを説得できるものとなっている。

 いま田舎道を歩いて気づいたことがある。私はいかに知識の上だけでものごとを見ているかということである。実際の風景は変化にとんでおり、理想とはかけ離れている。それをありのままに認めることで、つぎの発見があるのだ。最近の私の生活に欠けていることに実体験というものがある。体験を通して知識が得られることを理想とするのなら、今の生活は極めて低調なものだ。経験より知識が先行している。

 私の日常がいかに記号化され、実体験から遠ざかっているか。今日の散歩はそれを痛感させてくれた。

健康への配慮は功利的

 スマートフォンについているヘルスケアアプリの測定によると私は毎日10,000歩程度歩いていることになる。立っている時間も比較的多い。といってもきちんとしたスポーツをしているわけではないし、筋肉を使う仕事をしているわけでもない。腑抜けた身体でも少しずつ歩く生活をしているのである。健康に気を付けることも中途半端であり、スリムになりたいと思うよりも膝に負担をかけたくないとか、周りに迷惑をかけたくないといった程度だ。

Photo by Tirachard Kumtanom on Pexels.com

 ただ、最近更新した保険が健康への配慮の度合いを常時報告し、それを割引率として算定するものであるため、この考え方を変えなくてはならなくなっている。毎日の歩数や健康診断の結果などがそのまま割引ポイントに換算されるため、健康活動が金銭に結びつくことになったのである。健康診断の結果は悲惨なものだが、歩く量に関しては今のままの生活を続けていれば問題はない。問題は仕事をやめたり、変わったりしたときにこの生活が維持できるのかということである。

 なるべく歩くことを心がけていこう。歩くだけが目的ではなく、その道中で出会う風景とか人との出会いとかを大切にすれば自然に歩く量は増えるのだろう。もともと10年以上前にこのブログの前進を作ったときには散歩の記録を残すために作ったものだった。そのことを思い出してこのブログにもそういう記事を時々入れていくことにする。