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中東頼み

 日本のエネルギーは中東の原油に過度に依存しているという。資源のない日本がなぜ先進国を名乗れるのかといえば、このオイルラインのおかげなのである。しかもその大半がタンカーによる海運による。単純化すれば港に着く物資があって始めて生活が維持されているということだ。島に来るものがなくなれば生活レベルは急激に低下する。

 そんな当たり前の現実を私たちはすぐに忘れてしまう。永遠にネオンが輝き続けるかのように、豊かな水資源が電力によって制御され、地下鉄の漏水が電力で汲み出されていることを。それは島の向こうから渡ってきた資源のおかげなのである。

 電力を自給しようという悲願はいろいろな制約に妨げられる。代替エネルギーは一長一短で化石燃料に代替できるものはない。石油は使わず太陽光発電にしましょうというのは簡単だが、実は今のような生活をおくれるエネルギーはまったく作れない。いまのところは中東の原油に頼るしかないのだ。

 そのために日本の企業や団体は中東諸国との友好関係を築いてきた。歴史的に対立している欧米諸国とは違う関係を持ってきた。でも、同盟国アメリカが仕掛けた今回の戦争で日本の立場はかなり危ういものになっている。戦争には関わらず、民生の復興に協力することが我が国のするべきことではないか。イランの政治には疑問点が多いが力で変えるのではなく、我が国の寛容な精神と技術力を示すことで、彼の国に内的変革を促す方がよさそうだ。

 戦争は長引きそうだ。アメリカの大統領は恐らく偽りの勝利宣言をして自らの手柄とするつもりだろう。でもそれがむなしい雄たけびに過ぎないことはこれまでの歴史が証明しているではないか。

民主主義の限界なのか

 ロシアのウクライナ侵攻は就任すればすぐに終結させると豪語していたトランプ大統領の言葉を記憶しているだろうか。ノーベル平和賞候補を自認していた(それに乗った某国の首相もいた)が、どうも実際は逆を進んでいる。イラン攻撃も即日解決と言っていたようだが、それが週単位となり、ついには言及しなくなった。首脳殺害はイスラエルのしたことと述べ、原油価格高騰の気配に後手を打つ。私の知る限り、絵に描いたような失敗続きだ。関税政策についても自国の裁判所に否定されても開き直るばかりだ。アメリカ国民は彼をどのように見ているのだろう。

 現在のアメリカの政権を見るに民主主義の限界なのかと落胆してしまう。個人の欲望の暴走を防ぐための制度であったはずなのに、それが効かない。イスラエルのネタニヤフ氏も選挙前のパフォーマンスをしているという報道がある。国民のためではなく、自政権の維持のために国民の目を海外の敵に向けさせるのは歴史上何度も繰り返されてきた。戦中の日本もまた敵国を鬼畜と見なすことで国民の戦意を創出していたという。こういうことを見抜く力を世界は学んできたのではないか。実際にはそんなに簡単ではないようだ。

 私は対岸の火事ではないと考えている。外交に関してはすでに平和外交路線を維持するしかない状況にあるのだから、重武装独立などという非現実的な論法をかざして一時的な支持を得る輩には気をつけなくてはならない。地政学的にも政治史的にも今の日本は国際協調の中心にいなくてはならない。今回、アメリカの同盟国でありながら、イランにも友好関係を維持してきた我が国の振る舞いが今後の国際情勢には極めて重要な役割を果たす。果たさなくてはならない。そういう立ち回りができるのか。それが日本のリーダーに求められている資質である。

アメリカ合衆国の失態

 アメリカによるベネズエラ大統領拘束の報道には驚いた。国家ぐるみの麻薬輸出疑惑への実力行使というが、他国の大統領を武力によって拘束するというのはテロリストの手法と変わらない。宣戦布告した訳でもないから戦争でもない。それを超大国のアメリカ合衆国がしてしまうのだから非常に大きな問題だ。

 麻薬問題は深刻であったに違いない。ただそれを武力で解決してよいのかといえば、議論は分かれるだろう。まして他国の領土内でそれを行うのなら、正義は通せない。トランプ大統領の判断は間違っている。大国が自国の利益のために対立する小国に圧倒的武力を使って圧力をかけるのが正当化されれば、アメリカ合衆国以外の国にも同様のことをする口実ができる。例えば、ロシアがウクライナを攻めるのは、ロシア側からみれば、自らの国益を損ねるウクライナを排することが目的の正義の戦いであろう。中国の台湾に対する態度も大国の論理で正当化されてしまう可能性を作り出してしまったことになる。

 同じことがほかの国に向けられたとしたらどうだろう。今のところ日本がその対象になる可能性は低い。しかし大が小を征する世界が現出してしまったならば、世界大戦はすぐ隣にあることになる。この事態を我が国が如何に処するかは我が国だけの問題ではなく、国際社会にとっても非常に重要なことになるだろう。

長崎のために

 何度も書いているが、今年も繰り返すことにする。1945年8月9日、私の父は現在の北九州市にある八幡で暮らしていた。この地がテニアン島から発進したB29爆撃機がプルトニウム型原子爆弾の第一投下目標であつた。目標地点上空まで来たところ、煙霧で目視ができず、長崎に移動したという。霞や煙は米軍の空襲によるものとも、八幡の市民が意図的に煙を焚いていたとも言われている。

 長崎でも雲が多く、投下目標が定まらなかったが、わずかな雲の切れ間から投下された。当初目標としていた地点からは外れたものの7万4千人を超える人命を奪うことになる。広島型よりも威力が大きいプルトニウム原爆をどうしても実戦で使っておきたかったのだろう。実戦で使用された原子爆弾はこれが今のところ最後である。

第一目標に原子爆弾が投下されていたら、恐らく私は存在しないはずであり、運命の苛酷さを痛感する。長崎には公私を含めて何度も訪れているが、いつもそこに行くたびになんともやりきれない思いになる。その日に亡くなった方や、被爆後遺症で苦しみ続けた人たちの代わりに生かされていると勝手に考え、いただいた命を大切にしなくてはならないと思う。

 それにしては大したことはできていないことを恥じるが、せめてこの思いを折に触れて繰り返し、若い世代にも伝えていきたい。だから、この話はこれからも何度も書いたり話したりすることになるだろう。

東京大空襲の日

 1945年3月10日に東京の現在の墨田区や江東区、墨田区を中心に広域にわたる空襲が行われた。何度かあった東京への空襲の中でこの日を大空襲と呼ぶことが多い。死者数は10万人を超え、その多くは非戦闘員であった。交戦中の国への攻撃とは言え明らかに戦争法違反の行為である。このことを忘れてはならない。

 戦争という事態は人々を異常な精神状況にさせるらしい。いま、日本は暫く戦争とは無関係な日を送っている。戦争の恐ろしさも抽象的なものとなってしまった。何が本当で何が嘘なのかも分かりにくくなった。

 空襲にしても死傷者の数や被害のあった土地の面積といった数で表現され、その当時の人々の感情は伺い知れない。これでは戦争の恐怖は十分に理解できないのだろう。

 人々が戦争の害悪を知りながら、繰り返してしまうのは実感の保存が完全にはできないからという原因もあるに相違ない。せめて今何ができるのかを考えるべきなのだ。

終戦記念日に思うこと、今何ができるのか

 終戦記念日である。79年も前に日本が連合国との戦争に降伏した。人の一生涯ほどの長さの年月が流れ、戦争を体験した人は年々少なくなっている。亡父でさえ終戦時には小学生であり、その時の体験はあまり話さなかった。目前で焼夷弾が炸裂したときの恐怖を何度か聞いたことがある。原爆の標的候補だった町で育った父が生き残ったのはある意味偶然であった。

平和への祈り

 私も当時の感覚で言えば老齢の域にあるというのに、戦争体験という点においては皆無であり、父以上に戦争について語れることは少ない。日本が平和である限り今後ますます戦争とは何かが分からなくなり、観念的になっていくはずだ。それは当然のことであり、そうでなければならないことでもある。ただ、戦争が実感のないものになると誤った道に進む確率も上がる。国際摩擦を武力によって解決しようとする者が必ず出てくる。現に世界中の各地でそれが起きている。

 戦争の恐怖と悲惨さ、無意味さをどのように伝えていけばいいのだろうか。核兵器はいうに及ばず、それ以外の手段でも戦争において多数の人を殺害する技術は年々高まっている。遠方からミサイルを撃ち合い、無人機でピンポイントの攻撃をする。病原菌を拡散し、地雷を瞬時に敷設して人の住めない大地にしてしまう。それらがリアルに起きる可能性がある時代になってしまった。

 戦争で勝ち取った領土や資源は、侵略された側からすれば恨みの対象となり、いつか再び所有権の強奪がなされることになる。その時、その場所に住むわずかな人々の利益のために、広範の地域の住民が犠牲になる。場合によっては地球そのものが傷ついてしまう。

 終戦記念日があることがせめてもの救いかもしれない。この国が経験した悲惨な経験や、加害者として多くの人たちを傷つけ、自らも傷ついてきたことを思い返すきっかけにはなる。焼夷弾を怖がった父の話だけでも伝えることができたなら、私が曇天のため原爆を投下されなかった町に住んでいた小学生の子どもであることを伝えられたら、少しは役に立つのかもしれない。

アメリカのふるまい

 中東におけるアメリカのふるまいが世界を動かそうとしている。伝統的に親イスラエル、反アラブの立場をとるアメリカが、ヨルダンにおいてイラン系の組織から無人攻撃機の攻撃でアメリカ兵が死亡した。これに対する報復が行われ、少なくとも45人が死んだと報道されている。

 これとは別に紅海などで民間の商船などに海賊行為を行っているイエメンのフーシ派の拠点に対し、米英および豪、バーレーンなどの陣営が攻撃を行っている。この方面に関しては日本郵船が運航する貨物船の拿捕、略奪されている事実があり、当事者になる。このフーシ派の後ろ盾がやはりイランであるようなので、話は複雑になる。

 アメリカは間接的ではあるがイランに対して敵対関係であることを世界中に表明したことになる。これまで様々な局面で対立してきた両国だが、オバマ大統領の融和政策以降表面的には対立を避けてきた。それがいままた民主党の大統領であるバイデン氏により覆されてしまったことになる。

 中東の問題に欧米が絡むとこじれるのは歴史上繰り返されている。今回もまた同じ結果になりそうだ。ロシア、中国や北朝鮮などの国々もこの対立を巧みに利用しようとしている。日本は資本主義陣営でありながら、中東とは独自の関係を築いてきた。油田の取引など経済的な利害関係は大きい。第3の立場として何か貢献できることはないのだろうか。国際平和に置いて我が国が果たせるのは軍事的なものではない。交渉の専門家を育てることが国としての責務といつも考えている。

戦争の残すもの

 「戦争は女の顔をしていない」というドキュメンタリー作品を読んでいる。第二次世界大戦においてナチスドイツと戦ったソ連の女性たちの戦争体験を聞き書きしたものである。かなり大部であるが、惹きつけるものが大きすぎて非常に印象的だ。

 ソ連軍には多数の女性兵士やその支援部隊がいた。あまりにも多くの犠牲者がでたソ連軍は女性の動員もせざるを得なかったのだ。ただ、この作品を読む限りかなりの女性は自ら志願して戦地に赴き、中には最前線で戦ったという人もいる。多くは死に、生き残った人たちもその心身が傷ついた。悲惨さは文章からは完全にわからないはずだが、それでも心に迫るものがある。

 女性たちを戦地に向かわせたのは家族を殺された憎しみもあるが、当時の指導者の国民の洗脳も大きい。国家のために戦うことを子供の頃から教えられ続ければ、兵士になるのは当たり前だ。このあたり我が国の歴史に共通するものがある。

 生き残った女性たちの証言は様々でそれが戦争の悲劇を多方面から証すのである。男以上に戦果を上げた兵、同僚の命を何人も救いながらも、同時に多くの死を看取った衛生兵、敵に辱めを受けても屈しなかったパルチザンもいれば、敵兵を憎みながらも怪我の治療をした人もいた。

 戦争はさまざまな悲劇を同時多発的に発生させ、憎しみの連鎖を巻き起こす。敵国だけではなく同胞の仲間からも排除されることもある。だから、やはり戦争は避けなくてはならないのだ。

 この作品の当事国であるロシアがいまも戦争をしていることは大きな皮肉というしかない。現在も多くの悲劇を生産し続けている国があることを傍観するしかないのだろうか。

戦争文学

 戦争文学を読むときその目的が私の中でかなり変化してきていることに気づく。それは自分と戦争との距離が離れ続けていることと関係している。

 かつて戦争文学は史実の記録の一つとして読んでいた。いかに悲惨なことが行われていたかを参戦した人の実録として読んだ。史料や映像では伝えられない出来事や心情を残すものとして扱った。

 それがいつの間にかそうした史実に対する関心よりも、限界状況における人間のあり方を語る文学として捉えるようになっている。両者は似て非なる捉え方だ。戦争を限界状況を提示する設定の一つとしてしか捉えていないことになる。

 経験していないことを語るのは難しい。身近に戦争体験者がいれば少しずつその経験を共有することもできるかもしれない。ただそれも難しくなりつつある。

 戦争が単なる歴史上の事項として受け取られる時代に、何ができるのだろうか。私自身の問題としては若い頃に読んだ驚きや恐怖を読み取ることに遠慮をしないことだと考えている。

首相の言葉の意味

 広島と長崎の原爆記念日の首相の言葉がほとんど同じであったことが話題になっている。過去にさかのぼって調べた記事もあり、実はこれまでもあまり違いはなかったようだ。気を付けなくてはならないのはそのことではない。

 広島と長崎の被爆はアメリカの核による脅威を世界に見せつける目的があったという。形式の異なる原子爆弾を落としたもの実験的な意味があったと考えられている。降伏しない日本軍への決定打として、東進するソ連の共産勢力への威力誇示など様々な意味があったようだ。

 75年の歳月を経て被爆の歴史的意味が様々に解釈される中で、日本の首相の発言の意味は大きい。しかし、それがもはや類型化され紋切り型になりつつあるのは残念だ。被爆国として世界にメッセージを発信できる貴重な機会を無にしてほしくない。

 反戦運動もまたしかり。その精神が類型化してしまえば説得力は急速に失われる。戦争の加害者であり被害者でもあった頃の記憶を失えば、教科書の写真をみるのと同じようなものだ。首相にはそれをさせない行動をとってほしい。来年は誰がやるのかわからないが、期待できるだろうか。