タグ: 季節

楠若葉

 クスノキは常緑樹だが落葉ももちろんある。少しずつ時期をずらして木が丸裸にならないようにしているようだ。その新葉は印象的だ。

 楠若葉は俳句では初夏の頃に扱われるが、実は今も見ることができる。はじめは赤褐色の色をしており、長じて深い緑になる。ものによっては花かと思うほど色づいているものもある。

 夏の季語になっているのは、その頃のクスノキの発葉が盛んで木の容積がどんどん大きくなるような感じがするからだろう。対していまごろの楠若葉は控えめだがより目立つ。

 三月尽の今日、早めの季節推移の中で、知らないうちに新芽は育っている。

外套置く

 まだ肌寒い日が続いているが、今朝は思い切ってコートを着けずに出勤した。通勤電車の車内ではコートなしは少数であるが私にとってはこの方が快適だ。

 このところ桜のことに気が向くが早くも散り始めた株もある。その後を追う花々も今年は早そうだ。汗ばむ日が来るのも間近だろう。

 花粉症予防のため今日もマスク生活だ。いままでより口元が暑く感じられる。もう少しの辛抱だ。

花散らし

 昨日からやや強い雨が降り続いている。早くも花散らしの雨ということになろう。通勤電車の車窓に流れる小学校前の桜並木も春休みの間に散ってしまいそうだ。今日は気温も下がる。穏やかにあってほしい。

 

ハナミズキの花芽

 毎日歩く道の街路樹として植えられているハナミズキにたくさんの花芽がついているのに気づいた。桜が終わった頃から一斉に咲く風景を楽しみにしている。

 調べてみると花芽は昨年秋にはついていたのだという。まったく気づかなかった。よく言われるように、そこにものがあれば見えるのではなく、見ようと思わなければ見えないものなのだろう。

 アメリカヤマボウシにはバックストーリーがあることはこれまでも何度か触れてきた。それなのに花期以外のこの植物をよく見ていなかったことにいまさらながら気づいたのである。

もう見頃

 通勤の車窓から見えるソメイヨシノの並木が満開に近づいている。きようは雨なので薄暗い風景を花がしっとりとして見えている。恐らく新入生を待ってはくれないだろう。ちょっと惜しい。学校の近くに植えるのは八重桜の方がいいのかもしれない。

下旬

 20日となり3月も下旬を迎えたことになる。私たちの仕事では引き継ぎの仕事を中心とする業務が山積する。実際に仕事が多いのだがそれ以上に精神的圧迫が大きい。まずは一つずつ片付けることだ。明日は春分であり、もう昼の方が長くなる。コートもそろそろ止そうか。

菜種梅雨が来るのか

 週間天気予報によれば東京は3月22日からしばらく雨の予報が続いている。いわゆる菜種梅雨のような気圧配置になることが原因らしい。しかも、今回は雨量が多いかの知れないとの予報もある。

 気候変動の影響は様々な面に現れている。今回はフィリピン沖の高気圧帯が梅雨時と同じくらい強いようでそれが多雨予測の根拠になっているらしい。菜種どころではない本格的な降雨もあるかもしれないというのだ。

 天候に関しては過去の経験だけに依存することはできない。今年も何が起こるかもしれないことを覚悟すべきなのだろう。

咲き急ぐなかれ

近隣のソメイヨシノ

 昨日は気温が下がったが、このところ平年以上の高温傾向にある。ソメイヨシノの東京の標準木はとうに開花しているが、近隣の桜もすでに花が開いている。陽だまりにいるとかなりの暖かさを感じる。雲もなく、穏やかな日曜日になりそうだ。願わくば咲き急ぐことなかれ。

つくし

 アスファルトに囲まれた中でわずかに残る露面に今年も土筆が育っているのを発見した。すでに伸びきって立派な形になっていた。

 この場所はもう何年も前から3月になると土筆が立ち、しばらくすると雑草に覆われ、気がついたときには草刈りされている。使い道もない空間なので放置され続けてきたのだろう。

 実はこの場所はこの後、道路が建設される予定になっている。周辺の家屋のいくつかが取り壊され、予定地である旨の看板が立ちだした。おそらくこの土筆の小景も近い将来見られなくなるはずだ。

薄霞

薄霞

このところ気温が高い。春の霞の空にソメイヨシノも開花を促されている。見上げれば細かい雲があるのに気づく。おそらくたくさんの植物の花粉と西域から飛来した黄砂も混ざっているはずだ。明日からはマスクの規制も解除される。何事も移り変わり止まることはない。春はそれを感じる季節だ。