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コワーキングスペース

 自宅の近くにコワーキングスペースというサービスが登場しました。リモートオフィスともいうべき貸職場スペースです。レンタルルームよりは安く、カフェのようにBGMで集中できないということもないのが売りのようです。

そのほかWi-Fiが完備しているほか、フリードリンク、コピー機の設置があり、追加の費用で個室の確保、私書箱設置なども可能だとか。もし起業するとしたらこういう場所から始めるのもいいのかと考えています。入会金が年間10000円、使用料はフルにつかうと月間10000円で、夜10時まで使用できるとか。ランニングコストを考えると事務所を借りるよりもいいのかも。もっとも自分の家でできればいいのですが、様々な誘惑やしがらみがありますからこういう商売が成り立つのでしょう。

 満員電車に乗らなくても仕事ができるのならばこれほどいいことはありません。あとはこういうところでもきちんと稼げる才覚を身に着けることです。

仕事始め

 私の職場は今日が仕事始めです。今年は仕事の仕方を本格的に変えていかなくてはならなくなる事態に至ります。

 効率もしくは生産性を下げることなく時間を削ることが焦眉の急である現実の中で必ず取らなくてはならないのが同僚とのコミュニケーションです。自分だけうまくやっても集団としての力が生まれなくては生産性は上がりません。連絡の時間を確保しながら、互いの時間を阻害しないことを第一の計画目標としなくてはなりません。

 私のような職の場合、相手に合わせて業務内容を変えることも重要です。すると自分のやりたいことだけをしていても無意味です。場合によっては計画変更が大きく起こることもあります。それでも対応できるように余裕と、常時計画の見直しとをしていく必要があるのです。

 これらを行なうための道具として、ノートとスマートフォン、さらにこのブログを使っていきます。ノートは思考の整理のために、スマートフォンは計画を持ち歩いて参照するため、そしてブログは反省と決意を示す手段として。もちろんそれだけではないのですが。少ない時間を活用するためにできることから始めていきます。

長く続けるために

 かつては55歳が定年だった時代があります。それが60になり65になり、やがては70歳もしくは定年制度そのものがなくなるかもしれないとのこと。私たちはまだ走り続けなくてはなりません。

 定年延長とはつまり扶養家族にならないということです。社会保障の対象にならずに自立しなくてはなりません。それなりの収入が必要になります。高齢者が企業にどの程度貢献できるのか。あるいは若い世代への影響を考えるとキャリアの後半は低賃金になることも覚悟しなければならない。そういう考え方に早く適応しなくては立ち行かなくなりそうです。

 こうした事態においては自分のポジションを確保しておくこと、時代の流れに敏感であることなどいくつものクリアしなくてはならない条件があります。その中でも最も重要なのは健康でいることなのでしょう。長く走り続ける選手であるためには乗り越えなくてはならないハードルがたくさんあります。今回は義務表現を何回使ったことか。こうした状況を好機と考えることにしたいと思います。

夏休みまで待てるか

教員の長時間労働を法的に容認するかのような法案が国会で可決しました。超過勤務を認める代わりに、夏休みなどの閑散期にまとめて代休を取得できるようにするというものです。あまり教育現場に詳しくない方が考えられたのでしょう。

 閑散期的なものとして思い浮かぶのが夏休みなどの長期休暇です。授業がないので教員は暇なように感じる方もいらっしゃいますが、教職員は夏にいろいろな仕事をしています。部活顧問であれば、練習の監督、指導、試合やコンクールへの引率、合宿あれば二十四時間労働になります。研修は自主的なものが多いのですが、教育としての技能を高める大切な機会です。

 法案の問題点として休みをまとめて取れば事態が解決するかのように考えていることがあります。総体的に労働時間の問題が解決されたとしても運用していくうちに必ず問題が発生します。果たして長期休暇まで休まなくてもよいのか。私たちは日々の過労に耐えられるのかということです。

 実際にはほとんど存在しない閑散期と、非現実的な休みだめ策は、現場の実状から著しく乖離しています。教育のことを考えるならば、教科教育担当者と、生活指導担当者、教育経営担当者を分業してそれぞれの技能を高めるとともに労働時間を限定することの方がうまくいく気がします。

減らして増やす

 労働時間の短縮に関しては行政の指導もあるため、強制的に進められています。ただ、単純に仕事量を減らすのでは全体的な利益が減ってしまう。それでは現状維持ができなくなるのが問題です。

 私たちが目標にするのは決して現状維持ではありません。むしろ発展の方法を模索し続けなくてはならない。エントロピーの法則に抗うためには常に生産の方法を考えなくてはなりません。短時間で効率をあげるためには、仕事の内容を厳選するか、働き手の技能を上げるか、もしくは機械の補助を活用するかでしょう。おそらく、そのすべてをやらなければ達成できない。

 とりあえずは退勤時刻の30分後にすべての業務を終えることを目標にします。私の仕事の場合、これはかなり困難ですが少なくとも自ら制御できる項目については強制終了の時間を考えていきます。

 働くことに生きがいを感じる人にとってはこのやり方はかなりの苦痛も伴います。しかし、パラダイムシフトがなされなくては時代に対応できません。

ハードワーク

 快進撃を続けているラグビー日本代表がインタビューのたびに口にする猛練習や犠牲という言葉になぜか懐かしさを感じます。どこか古き良き時代の香りが漂うのです。

 練習の努力は必ず報われる。成功したスポーツ選手はしばしば口にします。最近ではプロゴルファーの渋野日向子選手が活躍の裏に人一倍の練習を続けていることが話題になっています。恐らく練習を続けられること自体が一つの才能であり、それが結果として表れるということなのでしょう。

 努力は報われるという美談は現代では様々な障害に阻まれます。なるべく小さな努力で大きな成果を出すこと、効率性や生産性に意識が向きすぎている風潮にあって、汗水流すことは決して賢明ではないと考えられてしまうからです。スポーツのように明確な目標が見えない社会生活においてはまず何をどうやればいいのかを考えているうちに結局何もしないということになってしまうことが多いものです。

 無駄になってもいい。後になれば無駄でなくなるかもしれないというより俯瞰した考え方が必要なのでしょう。目先の効率性ばかりを考えていては現状打破は起きない。ときにはただ走る、ただ筋肉を鍛える練習をし続けていてもいいのだと考えるのです。

10%

 今日から消費税率が10%になりました。過去に税率を上げた後には大きな政治的動揺があったことを考えると今回はいまのところ静かです。

 1000円のものを買うために100円の税金を払わなくてはならないということはよく考えると大きな負担です。幅広く税を集めるというこの税法は弱者にも同様の痛みを要求します。さまざまな救済措置もそれを使いこなす知恵がなければ活用できません。この点の啓蒙活動はもっとやるべきでしょう。

 これが最終段階とは思えません。近い将来にさらなる増税があるはずです。それまでにお金の使い方扱い方に関する知識を向上させていくことが不可欠です。

引き算ではなく

 働き方を変えるという号令は少なくとも一部の企業には影響を与えています。どちらかといえばトップダウンの動きとして就業時間が短縮されつつあります。

 働き方が時間の問題とだけ捉えられると様々な弊害が起きます。時間短縮だけで業務内容が変わらなければ、結果的に緊張感が高まるばかりであり、かえって労働者のためにはなりません。業務そのものの見直しが不可欠です。

 以上のような議論は最近よく耳にするところです。この考え方の基本はマイナスにあります。溢れ出している労務の削減ばかりが注目されています。しかし、この考え方には発展的な志向性が見えません。現状維持事態が困難な状況にあって引き算ばかりを繰り返すのはいい結果をもたらさないでしょう。

 引きながらも実は強固になるという考えを持つべきだと考えます。単なる減算ではなく、同時により高度なシステムを構築するという気概が欠かせません。時間的にも人的にも限られた中で効果を発揮する方法の模索です。これは撤退というよりは新機軸の開発と考えた方がよい。

 働き方改革は新形態への転換のチャンスと捉えるべきだと考えます。