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口のある風景

 

歯を見せて笑いたい

 出勤途上、見慣れない風景に気づいた。マスクをしていない人が増えた気がするのだ。もっとも比較的空いた路上のことであり、電車内は相変わらずだ。顔の全面を見ること、とりわけ街の風景とともに見ることが稀になってしまったため、新鮮な感動を覚えた。

 無知を覚悟で言えば、マスク生活は目元への関心を高めたのではないかと思う。アイメイクの技術は格段に飛躍した。結果としてあまり大差のない美人が大量に生まれたように感じる。

 これも語弊を恐れず言えば、どんなに顔の上半分を飾っても不完全なままだ。やはり、鼻や口があって顔は完結するのだ。そして口のある。顔はやはり美しい。これは万人に向けていっている。モデルや俳優はもちろんだが、街を歩く普通の人でも同じだ。

 顔を隠す生活はいつまで続くのだろうか。防疫上不可欠なのは分かっている。ただ、精神衛生上の問題を考えるとこの異常事態からは早く脱する必要がある。

体調管理

太陽とうまく付き合いたい

 昨夜、突然めまいがして体調が崩れた。いろいろ調べてみると熱中症らしい。自室にいたのにも関わらずなんとも情けない。

 自室にはエアコンはないが隣室から涼風は届いており、サーキュレーターも回していた。この季節は日中に壁が吸収した熱が放射されるようで室温が下がりにくい。連日の猛暑で体力が落ちていること、年齢的な問題なども影響しているのかもしれない。

 この季節は例年以上に体調管理が難しい。何とか切り抜けなくては。

感染者差別

オミクロン株の流行が想定以上であるので医療機関はすでに対応が難しくなっている。いわゆる陽性判定にしても、検査をしなくても医師の判断で出せるようになったようだ。みなし陽性というそうだ。これにはいろいろな問題があるようだが現状を乗り切る手段として敢行されている。問題なのは陽性と判定された人々への周囲の心理的な問題にある。

パンデミック初期の頃、感染は対策をせず無節操な生活をしている者が罹ると報じられてきた。飲酒や深夜の会合などの関係者に感染者が出たからだ。しかし、よく考えてみるとそれは条件の一つに過ぎず、その頃でも原因は分からないが感染した人もいた。極端で分かりやすい例が抽出されて報じられたのだろう。

コロナ禍は人の心も蝕む

ただ、こうした見解はすぐに普及しやすい。不注意が感染を招く。感染した人は用心が足りない人だ。あるいはさらに進んで社会常識にかけたり、反社会的であったりするのだと。そういう人が含まれていたとしても、それが必要十分条件ではない。そうでない人も感染したのだ。

オミクロン株の感染に関してもそのときの誤解がまだ解けない。感染した人を悪し様にいったり、言わなくてもそのように考え、有形無形の差別をする人が少なからずいる。私たちの科学的認知の限界を見せつけられている。

逆もある。本当かどうかこれこそ怪しいが、報道によればコロナウイルス流行は何者かの陰謀であり、マスクをする必要などないと主張する団体があるのだという。デモ行進までしてマスクを取ることを訴えたとか。フェークニュースでないとすればこれも逆の意味で冷静な判断ができなくなっている例であり、差別の変化型である。

現実を整理し、冷静に判断する必要がありそうだ。また、影響力のある方々には繰り返し科学的な知見を説明してほしい。これは分かりやすいほうがいい。またその知見も解明が進むごとに更新されるものであることを訴えてほしい。おかしな差別を防ぐためにはまずはそれだろう。そして一人ひとりのリテラシーをあげるということを続けなくてはならない。

人出減る

 オミクロン株の大流行に加えて受験シーズンであるからなのか、朝の人出がかなり減った気がする。感覚的なのもなので実証性はない。

 人流という言葉が使われることが増えたが、物流と対置されているように感じてあまり好きではない。ただ、今回の流行に関しては接触が最も危険なようだ。

少し減ったかもしれない。

 感染者の自宅待機期間がさらに短縮された。この処置を見る限りインフルエンザとあまり変わらない。コロナウイルスも最終的には流感扱いになっていくのかも知れない。

 ただ、まだ実態が摑めていないようで、早計はできない。何とももどかしいがこのままの生活を続けなければなるまい。

換気注意

 オミクロン株のコロナウイルスが爆発的感染を広げている。職場でもその対応のために定期的な換気を実施している。ただ、少々問題がある。

 一年の中でも気温が最も低く乾燥しているこの時期に窓を開放することには別のリスクがある。身体を冷やすことによる免疫力低下はその最大懸念事項だ。

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 感染予防が目的であれば単なる換気だけではうまく行かないのではないか。具体的な方法を指南していただきたい。換気せよという注意喚起が果たしてどの程度有効で、どのようにすればいいのかを。

偽薬

 信じていれば根拠がなくても効果があることもある。それが不思議なことだ。

 医薬品開発では偽薬を比較対象として使うことが多い。実は何でもない液体や固形物を薬だといって投与すると病状が回復することがある。その錯覚の効果を差し引いて真の薬効を計るために行うのだという。

 錯覚と書いたが実際に治るのならば有効な手段であるともいえる。ただ、科学的には説明が難しいだけだ。効果が発動しない人が多いのも問題になる。

 信じていれば救われるというのは全くの嘘ではないことになる。つくづく人の身体は不思議なものだと思う。

オミクロン株の流行

 オミクロン株の流行が起きている。東京でも新規感染者が2000人を超えた。厳密に検査をすればその何倍もの感染者がいるはずだ。この変異種は感染力は強いが症状は軽いらしい。これが拡散の条件としてはあってしまっている。

 非科学的なことはいえないが、この流行が次のより凶悪な変異種を防ぐワクチン的な役割を果たしてくれないかとわずかに期待する。学者にそれは根本的な誤解があると一蹴されそうだが、そうでも思わなければ何か救われない気になる。

 やはり妄想は止めて、ひたすら防衛に務めるしかない。

背筋

 背筋を伸ばすことは簡単にできることだと思ってきた。どうもそうでもないらしい。

 背筋を曲げたままでいるのはデスクワークの多い私の悪癖であり、さらには積極性がかける行動が体現したものと考えていた。恐らくそういう面はある。つまり背筋が伸びないのは、習慣と態度の影響であるとみなしてきたのだ。

 どうもそれだけではないようだ。歳を重ねてくると自然に背筋が曲がってしまっていることに気づく。背筋を始めとした筋肉が衰えてきているのだろう。伸ばせば伸びるというものではなく、伸ばそうと努めなくてはならないものになった。

 そのためには運動なりストレッチなりを続ける必要がある。やらねばならないことが増えていると考えるべきだ。

惑わされずに

 南アフリカ共和国で発見されたという新型コロナウイルスのオミクロン株は、感染力の強さが懸念されている。未知のウイルスであるのでどのような症状が出るのかは予測しがたい。この報道をきっかけに世界中の株価に影響があったという。もっとも株式の世界は様々な要因が複合し、さらには群集心理が左右するので一概には言えないことだが。

 日本では奇蹟と言ってもいいほど発症者が減っている。しかし、これは一時的なことのようだ。隣国の韓国は日本とほぼ同じ条件かむしろ防疫に成功してきたのに今になって感染者が爆増している。欧州の感染者はさらに多いが、これらは来月もしくは数か月後の日本の状況かもしれないのだ。幸い、日本人の律義さもしくは臆病さは保たれており、いまだにマスクを外して歩く人は少ない。むしろに日常化してファッションの一部になっているともいえる。

 先日、ウイルス研究の専門家に話を聞く機会があったが、ワクチン接種は科学的にも意味があるらしい。陰謀説を始め、さまざまなデマを流す人々のことを憂えていた。中には自らは接種をして、ソーシャルメディアではワクチンは危険だと吹聴する輩もいるらしい。それが商売と結びついているというのだから厄介だ。

 ワクチンの有効性についても私たちは最終的には自己判断をするしかない。ただ、それでも科学や社会学のリテラシーを持っていないと迷信やデマに振り回されることになる。

日本では沈静化

 日本のコロナウイルス新規感染者は今日143名だったという。これが真実だとすればウイルス対策はかなりうまくいっていることになる。一方で欧州では感染者が増えつつある。特にオーストリアやオランダは多く、英独もそれに続く。

 ワクチン接種がどの程度行われたのかも関係するかもしれない。日本の接種開始時期は遅かったが、多くの人が短期間で接種に応じた。また接種後もマスク生活と手指消毒を欠かすことがない。同調圧力の強い国民性は予防対策には向いているようだ。

 ワクチンの有効期限が切れれば欧州と同じようになるとの意見もある。まだ油断ならない日々が続いている。