短歌や俳句が好きな私にとって、思いの表現の仕方が短歌的になるときと俳句的になるときとがある。これはある意味連続的なものなのでどちらともいえないときもあり、そういう時は作品はできない。たいていの場合はそのできないときの感情でいる。
物事の感情を切り取ることができたとき、短歌は生まれる。いろいろなことが絡みついている日常の中の一つを取り出すことができれば歌は作りやすくなる。実際には物事は複雑に絡みついており、一つを取り出すことはできない。それを人為的、もしくは独善的に成し遂げたとき私の歌は完成する。
俳句はもっと冷静にならなくてはできない。景をもって情を表すのだから、様々な思いを託す景を見つけなくてはならない。見つけた後はひたすら枝葉を落とす。ようやく形が残ったものが句になる。
俳句も短歌も表現の方法としては似ているが、最後の仕上げはかように異なる。これらの文学を知り得たことは、私のあまり報われなかった学問生活の中では最大の成果だと思う。
