タグ: インターネット

星座アプリ

stars

 星座アプリの存在は前から気になっていたが七夕を間近にして関心が高まりダウンロードしてみた。アルタイルもベガも同定することができた。

 位置情報の技術を星座表に組み込むことでダイナミックな星座ガイドになっている。現実の夜空に向かって星座の位置を探すのであるから、一種の拡張現実が現れることになる。星座の絵まで表示されるのはプラネタリウムのようだ。

 昼間にこのアプリを空に向けると見えないはずの季節外れの星座が現れる。地面に向けると南半球でしか見えないはずの星座も見えてくる。本当はありえないものを見せてくれる。

 東京の空のような2等星くらいまでしか見えない夜空にこのアプリは楽しい時間を提供してくれる。しかし、見えないものを見えることにしてよいものなのだろうか。再びVRやARの問題を考え始めてしまう。

 

ゼロトラスト

 ネットワークの世界でゼロトラストという考え方が広まっている。何も信用せずその都度確認するというものだ。人は信じられないとはメロスの敵のような考えだが現実はこちらの方が正しいようだ。

 ゲートを強固にすれば機密は守られるというのがネットワークセキュリティの基本であった。ところが、意外にも壁は容易に乗り越えられ、侵入した部外者が鍵自体を置き換えてしまう。現実世界では難しいことがネットワーク上ではできてしまうらしい。

 そこで出てくるのがゼロトラストの考えだ。垣根の内のやり取りでも決して信用せず、その都度、どこから誰がアクセスしたのかを確認する。面倒な手続きだが、情報を盗まれたり書き換えられたりするよりはましということになる。確認も機械化すれば実際の労力は増えない。

 それにしても何も信じないという考え方自体は人間の限界を如実に表している。というより人間らしい一面であり、システムがようやく追いついてきたと言う方が正しい。残念なことだ。

インターネットエクスプローラー終了

Photo by Salvatore De Lellis on Pexels.com

 Internet Explorerのサポートが終了したという。インターネット利用時からずっとお世話になってきたブラウザだけに一つの時代が終わった感がある。この際、ブラウザとは何かを考えてみるべきかもしれない。

 実際にはすでにIEは使っていなかった。仕事では主にChromeを使い、自宅ではMicrosoftの勧めるEdgeというブラウザを使っている。iPhoneではSafariをそのまま使っている。過去にはNetscapeのNavigatorというソフトを愛用していた。考えてみればどれもアメリカ製だ。

 インターネットというメディアそのものがアメリカ仕様のもので成り立っている。私は文章を書いたり表計算をしたりするときはMicrosoftのオフィスを使っているのでほとんどの作業がアメリカ仕様で行われていることになる。それはそれで仕方のないのことなのだが、何か違和感を覚えることも確かだ。かつてワープロは松や一太郎を使い、表計算は楓というソフト使っていた。それらは一太郎を除き、結局なくなくなっている。日本人が考え運営しているソフトは現在ほとんど使っていない。なにかとても残念な気がする。

 こうしたものはしょせん道具であり、それで何をするのかが大切なのであるが、道具に思考や行動が左右されるということは当然あることなのである。日本語にあったソフトがもう少し生き残ってもよかったのではないか。今から見直されていいのではないかと考えてしまう。MicrosoftやGoogle、Appleなどの大企業の都合により次々に変わっていくのは仕方がないことなのだろうか。日本のエンジニア、プログラマーの皆さんには日本語にあったソフトの開発をぜひくじけずに続けていただきたい。

3G終了

携帯電話も世代交代

 KDDIの携帯電話ブランドauは今月いっぱいで3G回線を廃止することを発表している。私は数年前に4Gの折り畳み式電話に変え、一昨年末からスマートフォンにしている。かなり後追いの部類に入る。スマホの便利さは十分に享受しているので、今更逆戻りはできないがガラケーと呼ばれる3G携帯電話がなくなることは残念な気がする。

 初めて携帯電話を持ったのはいつだっただろうか。確かパソコンを買い替えた時のおまけとしてついてきたのだと記憶している。液晶画面が小さく、メールが送れるといっても非常に限られた機能であった。最初に受信した迷惑メールは「メルトモナロ」で何のことか分からなかった。携帯電話の会社の名前自体も変わり、スマートフォンの登場で世の中は急変した。いまや電車の中でスマホを持っていない人はわずかであり、すっかり魂を操られている。

 いまは5Gの普及期であり、すでに次の世代の構想も明らかになりつつある。単なる一対一のコミュニケーションツールではなくなっただけではなく、人間の思考や行動全体を操作することも可能になっている便利で魅力的で恐ろしく破壊的な道具をどのように扱うのか。これからも注意していかなくてはならない。

学びの道具

 スマートフォンてゲームをしている大人が多いのは今に始まったことではない。ストレスフルの社会情勢の中で気晴らしや現実逃避の具として機能していることは確かなので否定するばかりではない。ただあまりにもそればかりだと心配になる。

 スマートフォンには学習型アプリもあるし、ニュースを読んだり、電子書籍リーダーにもなる。スマホで学習している大人が増えたなら、子どもたちにも変化があるかもしれない。

 だからゲームはやめましょうと言いたいのではない。いろいろな使い方ができ、場合によっては金の足しになったり、心を豊かにすることもあると考える人がもう少しいてもよいのではないかと思うまでだ。

知らなかった機能

 こんなこともできたのかと思う機能がスマホにはある。多機能過ぎて使いこなせていないということなのだ。最近色々と分かってきていちいち驚いている。

 例えば文書を写真で撮ってそれを補正してPDFファイルにするということは、iPhoneの純正アプリのメモに始めから付いていてアプリを付け足す必要がない。

 流れている音楽のタイトルやアーティストを知りたいときは、ミュージック検索機能がある。iPhoneでもAndroidにもある。メジャーな曲ならばほぼ間違えることはない。クラシック楽曲もほぼ言い当てていた。途中からでも検索可能なのがやはり機械ならではと思った。

 検索といえば画像検索は面白い。対象にカメラを向けて検索すると、それと似たものの商品がリストアップされ、ECへの誘導がある。価格表示もされる。この方の精度はいまひとつだ。というよりよく似ていても価格は多様であるというのが本当のところだろう。

 画像検索を人に向けると有名人なら名前を知ることができる。自分にカメラを向けたところ検索不能と出た。安い値段が表示されず一安心だ。

疲れ目

 リモート授業が始まって生徒にとってはパソコンの画面を見続ける日が続いています。早くも疲れ目の症状を訴える者もいます。

 授業の代替としてネット配信の授業を始めています。実際の始業時間通りに課題を配信し、フィードバックも要求するという方法です。学校で購入したChromebookを活用しているのですが、早速眼精疲労を訴える生徒が出ています。この授業はあくまで代替手段として行っています。疲労感が強い時は中断しても構わないことにしています。

 いつまでこのような形の教育が続くのか分かりません。早く通常の授業が始まることを祈るばかりです。

回線混雑

 在宅ワークや遠隔授業をする会社や学校が増えたせいなのかインターネット回線が混雑しています。回線契約によっては不達や遅延が起きる可能性があります。ネット社会はけっして平等な社会ではないことを改めて考えさせられます。

 インターネット環境の有無で格差が生じるという話は以前からありました。ネット設備に関しては我が国の普及率は低くはないもののそれでも十分な通信速度が確保できるのかといえばそれはおぼつかない。つながっているかいないかの格差だけではなく、使えるか使えないかの格差もあるのです。この最低ラインをあげていかなくては次の時代は訪れません。今回はインターネット環境を見直す機会にもなっていると考えられます。

 5Gという高度回線ネットワークは結構なことですが、それ以前に誰もが普通に動画情報を受け取れる環境を早く整備することが必要だと感じています。