亡き恩師が好んで歌った歌に宵待草があった。竹久夢二の詩に哀調のある楽曲がつけられたものである。「待てど暮せど来ぬ人を宵待草のやるせなさ」から始まる歌の意味を中学生の私は語彙のレベルでも経験のレベルでも理解できなかった。ただかなり歌いこまれていた事だけは伝わった。

宵待草は月見草のことだという説もある。月見草とはマツヨイグサの仲間であり、ツキミソウという種もあるが、大抵はメマツヨイグサかオオマツヨイグサに比定される。これらは黄色い花で道端に生えている。いわゆる雑草の類だ。元は北米の植物で近代に帰化したと考えられている。太宰治の『富嶽百景』には月見草が出てくる。オオマツヨイグサのことではないかとされている。
月見草といえば野村克也氏が生前自身の存在を長嶋茂雄氏と比較して例えていた。実際のマツヨイグサはかなり生命力が強く、生存競争にも勝ち残りやすい。これも氏の望むことだったのだろうか。
夢二が宵待草に何を見たのか。太宰治が富士に似合うと考えたのはなぜか。恩師がなぜ宵待草を愛唱し生徒に聞かせたのか。先人は答えない。せめて自ら花を見て考えて見るしかない。
私も音楽に関わる仕事をしていますが、歌の詩の内容など残されたものが想像するしかない事はよくありますね。当時にしかなかった植物とそれに合った自然界。時代背景と心の状態は、その場面にいなければわからないものもたくさんあります。海外の音楽の理解は、歴史と気候から考える事はよくあります。
ただ、私たちは、残されたそこにある情景などから、自分に都合よく想像するしかないかもしれません。40年前に大学で学んだ事は、基礎になっても応用は全く違うものになっています。