
目が覚めた瞬間、最近はスマートフォンの画面を見る毎日である。というのも、私はスマホにアラームをセットして起きるようにしているからだ。ささやかなピアノの音と、バイブレーションを同時に発動して起きるようにしている。それを止めるために画像を見る。よく考えてみればこの時点から私はスマホに侵されている。
その画面には大体次のような文字が出る。おはようございます。今日は2月1日です。天気は晴れ、東京の最高気温は13℃で最低気温は-2℃。といった日付と気象情報だ。これを見ながら、私は時間軸と自分が置かれた位置や環境を把握する。
おそらく同時にいろいろなことを思い出す。私は何者であるか、どのような人間関係にあるか、どんな気質でどんな性格なのかなど自分についての様々を瞬時に思い出すのだ。これは考えてみればかなり大変なことである。長期記憶を失った人が、毎朝自分の生きてきた生い立ちを録画したビデオを見て、自己を再認識するという映画を見たことがある。極論すればそういうことなのだろう。幸い私たちはどこかに長期記憶を蓄える仕組みを脳に確保していて、寝ても自分が誰だか忘れないのだと思う。
ならば、長期記憶をおろそかににすれば、自己認識さえも危うくなり、自分という存在が保てなくなるということになる。記憶を機械に任せるのはその意味で危険だ。目覚めたとき自分を取り戻すためにも、いろいろなことを覚えることをあきらめないでいようと考えている。
