採用試験の際に人格をみようとするのが日本のあり方だと思う。学歴フィルターである程度判断し、細かい能力は問わない。人柄をみようとする。この方法は今後は減っていくのかもしれない。
ジョブ型の雇用にとって、協調性や親和性は重要ではない。仕事ができるかどうかが問われ、結果が出なければ解雇される。こういう社会を識者は推奨しているように思う。かなり極論したが要はそういうことだろう。
企業が家族のような存在だと言われた時代が終わり、スポーツチームのように流動性の高い組織になる。会社に適した人は高い報酬が受けられる。存在感を示さないと地位を保てないのだ。
そういう労働観に徐々に転換することをこれからの若い人たちは覚悟したほうがいい。この場合、必要なのは個人で生き抜く力だ。スキルはあったほうがいい。そのために学ぶことは止められない。
それに加えて自己を売り込む表現力も必要だ。ただ資格を持っているだけなら、代替の人材はいくらでもいるということになるはずだ。大切なのは自分の可能性をある種のストーリーで説明できる能力なのだろう。セールスポイントはこれとこれとこれでそれらを結びつけるとこんなことができるといったように。
そこで手前味噌になるがやはり国語の能力は欠かせない。STEAMばかり強調されているが大前提の表現力がなくては何もできまい。学生諸君には時流に乗って上辺でものをいう「知識人」に惑わされないようにしていただきたい。

ホワイトカラーならそうなのかもしれませんが、ブルーカラーもそうなのでしょうか?