沈黙のセンター

 クリスマスの思い出の一つはおそらく人生の記憶の端にあるものである。ミッション系幼稚園に通っていた私は訳も分からず毎日アーメンと唱えていた。日本人のキリスト教徒率は1パーセント程度といわれているが、多神教の素地を持つ我が国においてキリストの神様も八百万の神の一つとして信じているのだから、信じていないわけではない。聖書のエピソードなども意外と知っている人が多い。

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 幼稚園でのキリスト教体験の中でも印象的だったのがクリスマス近くに行った「おゆうぎ」だろう。キリストの誕生を演じるものだ。主役といえるは聖母マリアである。今から考えると一番かわいらしい女の子がその役になっていたのだろう。全く思い出せないが。そして、誕生を予言する博士や、羊飼いたち、そしてマリアの夫であるヨセフなどがキャストである。私はそのヨセフの役であった。

 聖書のなかでヨセフは聖職者の指示に従い、精霊を宿したマリアを罰することなく自分の妻として迎え、生まれたイエスを自分の子として育てた。誕生後すぐに権力者からの弾圧から逃れるためにベツレヘムからエジプトに移住することを断行したり、一時行方不明なったイエスを探したりしている。キリスト教徒にとっては神の誕生を支えた人物ということになる。

 その重要な役柄だが、「おゆうぎ」では真ん中でただ立っているだけの役だったように記憶している。マリアにはセリフも所作もあったと思う。博士や羊飼いたちにも動きやセリフはあったと記憶している。しかしヨセフはただ立っているだけだった。

 おそらく小さな幼稚園の部屋の一角で行われたに過ぎないのだが、記憶の世界ではある程度大きな教会で背景にオルガンなどがあり、たくさんの信者の前で演じているという風に脚色されている。でもそれだけ装飾された記憶の中にもセリフはない。確か風邪か何かにかかって少し熱があり、立っているのもつらかったということしか覚えていない。これもあとづけかもしれない。

 クリスマスの思い出としてこの歳になっても思い出すのは沈黙のセンター経験である。

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