歌枕

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 サントリー美術館で開催中の「歌枕 あなたの知らない心の風景」という展覧会を見てきた。歌枕は和歌の世界でいう名所のことであるが、よく知られているように実際にその地に訪れることはなくてもその風景を歌の中に詠みこんでしまうというものである。そこから歌を素材とした絵画が生まれ、さらには様々な工芸品が生まれた。

 桜といえば吉野、紅葉といえば竜田というように歌枕には固定的なイメージがある。吉野にも紅葉はあるし、夏の茂みもある。しかし、そういうことは捨てられて桜の山として注目される。歌枕としての地名は場所の名前ではなく、当時の美的観念からその地に見出されてきたイメージのまとまりを意味する。もちろん核となる風景はあるのだが、そこに集まってきた印象の積み重ねが形式化して歌の素材として定着すると歌枕になっていく。

 この展示では歌枕を絵画化した屏風や絵巻物が多く並べられている。これらの作品は一度和歌の素材として実景から濃縮されたイメージが、一度和歌として利用され、今度はその作品の世界から風景が想像されて、視覚の世界に再現されたものといえる。いってみれば風景の美的エッセンスが何度か濾しとられているようなものであろう。

 だから歌枕の絵は実景とはかけ離れていても当たり前なのだ。それは美意識によって切り取られたものであり、それがさらに観念的に再構成されて屏風絵のようなものに再び視覚化されていく。その繰り返しの中で洗練度はさらに増していった。わが国の近世絵画に厳密な意味での写実がはないのだと思う。そこには理想的な美のエッセンスを描こうとする営みがあった。

 でもこれが西洋絵画に多大なる影響を与えたのは周知のとおりだ。実物の映像を複製するのではなく、自分が見たまま感じたままの映像を具現化することの重要性への気づきが近代絵画の発展に貢献したのであろう。

 よく言われていることだが、こうしたものの捉え方が和歌やその派生形である俳句を核として生まれ成長してきたことはもっと注目すべきだろう。短詩形に思いを詰め込むために何を捨象して、何を取り出すのか。その中で醸成されてきたさまざまな約束事のなかで押しつぶされないようにどのような工夫をしてきたかといったことは日本の文化を考える上での大きなヒントになる。さらに現況を打破するための哲学ともなりうるかもしれない。

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