建国

建国記念の日といっても現在の日本人にはその意味を考える人は少ない。革命で国家建設を勝ち取ったとか、新しい憲法が生まれた日とかではなく、多分に伝説的な初代天皇の即位日をむりやり太陽暦に当てはめた末の産物だからだ。

初代天皇の神武天皇は『日本書紀』によると辛酉年春正月、庚辰朔とあり、この旧暦元旦を紀元前660年2月11日と算定したということである。もちろん科学的根拠はなく、この年に古代国家が成立していた保証はない。おそらく日本という意識すらなかったかもしれない。

神武天皇は橿原の地で即位したと言われる

自然発生的な国家においてはいつがその始まりだとは言えないというのが事実だろう。前に述べたような明確な事実があり、それを区切りとするのならば記念日はある。日本にはそれがないのはむしろ長い歴史をもっていることの誇りでもあるのだ。だから、建国記念の日の意味は他国とは異なる。

グローバル化の中で、日本という国が自立できないことが明確になったいま、あえて国とは何かを考え直すことがこの祝日の意味の一つだろう。最近、没落国家と自国を言ってはばからない人が増えたが、その中で何をすべきなのだろうか。国のために命を落とした先人たちの思いと、国を捨てて自己の利益を優先する人との間にあるのは何なのか。何が正しく、間違っているのか。それを考える必要があると思う。

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