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微かな変化

 ものごとは少しずつしかし着実に変わっている。私たちはそれになかなか気づかない。あるときなにかをきっかけにして違いに違和感を覚える。そのとき変化の様に愕然とするのだ。

 旧友に再会したときに私たちはそのことに驚く。そして己の変化にも自覚するきっかけになるのだ。自分はこんな存在だと考えることが始まってしまう。本当はこの瞬間にも変わり続けていて、着実に死に向かっているというのに。

 落差に愕然とすることがないよう私たちはいまのありさまをときどき把握しておく必要がある。

脱炭素

 地球環境保全の施策として脱炭素を掲げるものがある。化石燃料をなるべく使わないことで目標を達成しようとしている。注目すべきだ。

 実際に完全な脱炭素化は困難だ。再生エネルギーの中にも炭素が含まれるものもある。とりあえず使用量を削減し、効率のよいシステムを用いることが鍵となるだろう。私の利用駅は太陽光や水素による発電システムがある。これらの普及も欠かせない。

鰤おこし

 富山に住んでいた頃のことが突然蘇ることがある。ただ、それは風景や天候のことが中心だ。田舎の方に宿を借りた私は、住まいの前の用水路から飛び立つホタルを見て、遠くに来たものだと実感した。夏の乾燥した暑さや、秋の紅葉の美しさ、冬の曇天、時々鳴り響く雷鳴、吹き出すような雪、そしてそれらを越えた春の美しさなど印象的なものばかりだ。

 もし、可能であれば再びこの地を訪ねてみたい。さらに住むことができればなおいい。ただ、そこで何ができるだろうか。それを見つけることが今の課題だ。

うろこ雲一面に

 今朝は空の大半が鱗状の雲に覆われている。昨日よりは気温は上がるようだが、秋の深まりを感じる。気がつけば明日からは師走だ。

 冬というには冷え込みが足りない。過渡期にあると言える。季節のゆきあいには得られる感慨も深い。

木土

 昨夜、月と火星とがかなり近づいて見えた。火星は月光にも負けない赤い光を放っていた。実はもう一組、木星と土星もかなり接近している。

 木土の接近はずっと気になっていたがこれからピークになるらしい。惑星の相対的な見え方の違いに過ぎないとは分かっていても、特別な光景には心躍るものがある。

 心配なことが多い日常生活の中で文字通り光を与えてくれたものと考えることにしたい。

小春日和

 小春日和と呼ぶのがふさわしいのか分からないが、ここ数日暖かい。それでも紅葉は進んでいて様々な色の落葉もある。

 気づけばもう11月も後半であり、波乱の2020年も一月半を残すだけだ。ウイルス感染は一向に収束せず、むしろ拡大している。これまで私とその周辺にこの病魔の当事者となった人はいない。でも、この第3波はどうなるかなどまったく予想がつかない。

 この小春日和のような穏やかな毎日が続くことを願っている。

換気

 ウイルス感染対策の継続が呼びかけられる中で、少々困ったことになっている。暖房の問題だ。

 換気はウイルスの問題以前から必要なものであったが、常時換気となるとそれを補うための空調機の過剰な稼働が起きることになる。条件によっては機器の故障に繋がる可能性も考えられる。

 窓の開け方など工夫しなければならないだろう。寒さという新たな難問を解かなくてはならなくなった。

落葉

 紅葉の季節になり、やがてそれが宙に舞う時になっている。今日訪れた街の街路樹はユリノキで大きな葉が舞うさまは見応えがある。

 風に乗る様はそれぞれであり、中には瞬時静止するかのように見えるものもある。やがて止めた時間を取り戻すかのように激しく揺れ動く。そのさまは不規則で予測不可能だ。

 植物ごとに違った紅葉の仕方があるように、落葉の仕方も様々だ。それを見る楽しみは期間限定であり、いましか経験できない。

Blue moon

 一月に2度満月がある場合、2回目をブルームーンというそうだ。色彩とは関係なく、言語的な背景があるというが詳しくは知らない。月の満ち欠けの周期が31日より小さいのだから、この現象は周期的に起こるはずである。だが、数年に一度という頻度けらブルームーンを見ると運気か上がるとも言われているらしい。東京は晴れそうなので月にツキを託してみたい。

藤袴

 秋の野草の一つに藤袴がある。淡い紫の色はひかえめだが確かな存在感がある。

 万葉集では秋の七種に数えられ、古来から注目されていたようだ。なでしこや桔梗のような派手さはない。ただしっかりとした植生やわずかな芳香はこの花の魅力だ。

 先日、花壇に植えられた見事な大株を見た。調べてみると野生種は絶滅危惧があるという。ますます愛着が湧いた。