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中東への介入は悪手

 イスラエルとイランの間の戦争にアメリカが介入して、一層中東情勢が不安定になっている。アラブ地区とは少し異なるイランはイスラム圏では独自の政治と文化を持っている。中東は地域内でも数多くの民族、宗教宗派が入り乱れるが、さらにイギリス、フランス、ロシア、アメリカが干渉して状況の複雑さが際立っている。

 思えばイスラエル建国やシオニズムの流れを誘導したのはヨーロッパの列強であり、第二次世界大戦後はアメリカが利権をめぐって暗躍している。イラクも石油施設をイギリスに奪われ、国営化を目指した政権は米英の秘密機関によって潰されている。歴史上の教訓として欧米が中東情勢に絡むと混乱と戦争をもたらすということは言える。

 にも拘わらず、アメリカはまたしても介入してしまった。いろいろな言い訳をしているようだが、報復合戦になることは容易に予想できる。アメリカは自国中心主義となり、海外の問題に金をかけないといっていたはずだが、その主張はどうしたのだろう。いろいろな矛盾を抱えたアメリカ政府のふるまいをアメリカ国民がどのように捉えているのかを知りたいと思う。

憎しみの連鎖

 停戦中のガザ地区でイスラエル軍の空爆が始まったという。悲しい憎しみの連鎖はとどまることを知らず、また新たな憎悪を生み出している。アラブの歴史をかじっても、理解することはかなり難しい。複数の民族、宗教が錯綜するこの地域の特性を理解するのは容易ではない。

 中東の複雑な民族感情を解決するのはどうすればいいのか。これまで欧米の列強が口を挟む度にかえって悪影響を及ぼしてきた。むしろ悪の根源と言っても良い過言ではない。それは結局、自国の利益のために行動してきたからだ。いまトランプ政権のアメリカが行っていることも同様である。停戦が目的なのか、アメリカの利益を得るための取り引きなのか、世界中の人が真意を見透かしている。

 中東の歴史について私たちはもっと関心を持っていい。この困難な問題を考えることができれば、さまざまな国際問題を理解する糸口が見えるはずだ。逆に欧米諸国のように自国の利益ために利用することしか考えなければ、困難な状況を一層高い難度にしてしまうことになる。

 中東戦争はいつまでも終わらない。欧米の周辺地域でそれが続けているという事実を見つめ直さなくてはなるまい。隣人の苦しみを知るためにはまず隣人がどういう人なのかを知らなくてはならない。

アメリカの暴走

 アメリカ大統領トランプ氏とウクライナ大統領のゼレンスキー氏との交渉決裂のニュースは衝撃的なものだった。首脳の会談というのは大抵が出来レースであり、自身の感情なり本音は出さないものというのが一般の考え方だが今回は違った。報道によればトランプ氏はウクライナには貸しがある。そしていまお前にはカードがない。だからアメリカの言うべきことを聞いて取引に応じるべきだといったことに対して、ゼレンスキー氏が反発したのを米副大統領のバンス氏が追い打ちをかけるように刺激したのが決裂の決定打になったのだという。ウクライナの現状を考えれば平身低頭してアメリカに従うべきなのに反抗するとは何事かという論理なのだろう。この政権の基本である取引によって自国に有利な状況にする。弱い者には漬け込み、強いものには交渉で妥協させるという考え方が端的に表れた。

 この件に関して欧州諸国の大半はウクライナ側についた。NATO諸国にとってはロシアの脅威が最大の課題であり、アメリカ的な取引で解決するという余裕はない。ロシアよりのアメリカ外交は西側諸国としては最もしてはならない愚策と映ったのだろう。イタリアの首脳は西側の分断はロシアの利としかならないと警告しているらしいが、思うにトランプ氏の今回のふるまいには忸怩たるものがあるに違いない。

 ゼレンスキー氏にとっては自国のアイデンティティを何とか保たなくてはならない。いくら劣勢にあるとは言え、プーチンとつながったアメリカの言いなりになれなかったのだろう。トランプ氏の側近にはバランス感覚を持った人はいないようで、交渉に勝つことだけに関心を持ちすぎて最終的な利益を見通す力が欠けているようだ。アメリカのこのような振る舞いが続けば、国際情勢は一層殺伐としたものになる。大国が大国然とできず、自己利益のためには小国を無視するか潰しにかかる可能性が高いことが今回の事件で周知されたのである。

 これは日本にとっても同じであり、アメリカの同盟国のすべてにとって同様な問題といえる。アメリカに利するものであれば人材・資材をを与えるが、そうでなければ関与しない。そういわれれば有事の際にアメリカに依存するのは絶対の保障にはなりえないということだろう。

 この件に関して日本もアメリカ依存から脱却すべきだという意見がある。中には核兵器を持ち他国に対抗できる軍事力を持つべきだというものまである。おそらく、日本以外の国も同じようなことを考えた人が増えたのだろう。トランプ氏が挙げた第3次世界大戦のきっかけは実は彼自身が齎している。

アラブ地域への干渉

 アメリカがガザ地区を管理し、現地住民は移住させるという計画が発表された。トランプ大統領の提案である。紛争地域を丸ごと統治するというが実効性は疑わしい。大量の移住民をどこが受け入れるのだろう。アメリカではないことは明らかだ。

 アラブ地域は長い歴史の中で何度も他国の干渉を受け、それがきっかけで複雑な分断を繰り返してきた。古代史の時代から、今に至るまで民族が何度も通り過ぎているともいえる。近代の2つの大戦の時代からは欧州の列強が植民地化のために侵入し、独立の気運が満ちると善後策を考えないまま投げ出した。加えてシオニズムの支援もしてきた。

 今回のアメリカの干渉も形を変えた植民地化という味方もできるかもしれない。祖国を追われ移住を強いられた人の心情を無視するならば再び分断を深め、テロリストを生み出す可能性がある。すべてをディールとして使う戦略ゆえにこの先どう展開する中は不明だ。

人間の限界

 イスラエルやパレスチナの問題に触れるたびに、人間の限界を痛感してしまう。相容れない民族が近接するときにいかに危機を逃れるのか。それが現生人類には解決できないのである。

 理解できない相手がいる場合、戦いを選択するのは非常に愚かな手段だ。双方が傷つき、禍根を残し末代まで争うことになる。争うことを生き甲斐にし、同胞の死をも快感とするのなら話は別だ。そんな民族は実はいないはずだ。でも、主義、宗教、信念などの違いで簡単に争いが始まり、勝敗を決めることが自己集団の目的であるかのように振る舞ってしまう。争いは争いを呼び、その間に起きた憎しみは新たな憎しみを呼び出す。

 そのような闘争を目にすると、戦わないことがあたかも悪のように思えてくる。結果として無駄な殺戮を繰り返し、多くの悲劇を生み出す。戦わずして自らの利益を守る方法を人類はまだ獲得できていない。ために結果的に同乗する船を傷つけ合い。やがてその船そのものを沈め、全体の死を迎えることになってしまう。こうした見通しは誰にもできるのに、結果として避けることができない。

 中東だけの問題ではない。人類の知恵の段階として、こうした不幸は今のところ避けられないようだ。民族の利益のために人類全体の運命を想像できるほど進化はしていないのだ。それを思い知らされることに痛切な悲しみを感じざるを得ない。

 私の人生のスパンでこの問題は解決しそうもない。未来はどうなのだろう。未開な21世紀は無駄な争いをしていたと後生に嘲笑されるならばよいが、この愚を繰り返し、全体の終焉に近づいていくシナリオが待っているとしたら残念でならない。

理だけでは人は救われない

 イスラエルのハマスに対する執拗すぎる報復に日々驚くばかりだ。テロリストを根絶するという大義名分のもと一般市民ごと根絶しようとしているかのようだ。戦争とテロの違いがよく分からなくなっている。大義は双方にあり、その利害が正反対にあるだけだ。非戦闘員を巻き込んでも仕方ないと考えているのも同じように見える。

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 これだけの戦闘を続けられる資金力があることも不思議だ。双方にはそれを支援する国家や組織が存在している。アメリカはユダヤ人社会への配慮として伝統的にイスラエルを支援し、中東の一部やエジプトはムスリムの仲間としてハマスにおそらく相当な支援をしている。だから、いつまでも終わらない。イスラエル建国に関してイギリスがとった不適切な外交策がこの地域の混乱の原因であるというのは歴史上の常識だが、現在に至るまで地域外の利害関係が絡んで戦争が続いていることになる。

 人類にとって大きな皮肉なのはこの地が宗教的な聖地であるということだろう。本来、人間を救済すべき宗教が人々を分断し、戦わせる原動力となっている。ユダヤ教もキリスト教もイスラム教ももとをたどればつながっているのだという。クルアーンの中にはイエスが預言者の一人として登場しているらしい。これらの宗教について共通するのは一神教であるということだろう。つまり神は一つであり、排他的な考えを持っているということだ。自分の神以外は信じないだけではなく、認めず排除しようとする。これは歴史上繰り返されている真実だろう。

 多神教の国が平和であるかといえばそうでもない。ヒンドゥー教を信奉するインドが多くの民族紛争を経験していることはよく知られている。カースト制などの分断を許容する信仰の体系が問題なのかもしれない。多神教国家として世界的に特異な位置づけにある日本も太平洋戦争の当事国であり、他国への侵略も行った。でも、この時代はよく考えると天皇を神に見立てた疑似的一神教を国家として作り出そうとしていた。戦国時代の武将たちも、何か一つの神や仏を自身の守り神に見立てたり、徳川家康のように自らが神となることで幕府の求心力を保とうとした。どうも一神教は権力との親和性が高く、また戦争の際のイデオロギーにも転換されやすい。

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 同じく長く戦争を続けるロシアとウクライナの戦争においても、先日クリスマスに関して興味深い報道があった。同じくいわゆる東方教会の流れをくむキリスト正教会を信じながら、ウクライナはこの派が行うクリスマスをユリウス暦に基づく1月7日ではなく、グレゴリオ暦の12月25日に変更して祝祭を行ったという。明らかにロシアに対抗する姿勢をみせたということだが、信仰を同じくすることが戦うことを阻害する要因の一つであることを示す例だともいえる。

 宗教が苦難の人々の精神に働きかけ癒しや救いを与えるという点においてはおそらくほとんど共通するのだろう。ただそれが体系化されていく中で組織としての論理が働く。組織を維持するために排他的にならざるを得なかった歴史を経て、それが定着して戦う理由になってしまっている。これは人間の悲劇とでもいうべきものだろう。神を信じられることは人間の叡智だ。神を捨てると人間は勝手なことを始める。科学技術が地球環境を破壊し続けているように人間の力を過信してはいけない。それを思いとどめさせる制御装置として神は不可欠だ。ただ信じるために勝手なルールを人間が作り出してしまっては恩恵は得られない。

 中東の戦争は私が生まれる前から続いており、その遠因は古代に遡る。分断してしまった民族、宗教をどのように繋ぎとめればいいのだろう。兵器に金を使うのはもうやめて、この方法を考えることに投資をするべきではないか。荒廃したガザの風景を報じたニュース映像を見てそう痛感する。そしてこれは中東地域だけの話ではない。世界中で起こりうる未来の姿なのだ。

The ongoing relentless retaliation against Hamas by Israel is alarming. The distinction between war and terrorism has blurred. External interests perpetuate the conflict, rooted in historical and religious complexities. The irony of religious conflicts persists, as faith becomes a divisive force. The need to address root causes and invest in peaceful solutions is imperative.

キーウ

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ロシア軍はウクライナの首都キエフをほぼ占領したという。圧倒的な軍事力の差を見せつけられている。これが大国の戦争の仕方なのだろう。すでに多くの犠牲者が出ているらしい。報道されていないものもあるはずだ。これ以上の被害が出ないことを心から祈る。

キエフと書いたがこれはロシア語による読み方であり、ウクライナ語ではキーウの方が近い(私にはキーユと聞こえる)。反ロシアの意味を込めて、アメリカのメディアはKievではなく、Kyivと表記しているようだ。日本のメディアもキーウが見え始めている。

キエフといえばムソルグスキーの「展覧会の絵」というピアノ曲(オーケストラ編曲もある)の終曲がキエフの大門と訳されている。この街には印象的な建物や彫刻が多いらしい。借りてきた上の写真も勝利の像という女神像だ。これらは無事でいるのだろうか。

この街は何度も戦火にあい、そのたびに復興している。たくましい街と言えるが、こういうことは繰り返さないほうがいい。

戦争抑止効果

北京オリンピックが閉幕した。さまざまな問題も指摘されたが無事に終わったことは評価すべきだ。スポーツの祭典であるから、話はスポーツのことに集中すべきだが、いまはその状況ではない。

ウクライナ情勢に関してはオリンピック終了後が危険な状態になると予測されていた。報道によればウクライナ国内の親ロシア派の武装勢力が示威活動を始めているという。ロシアが戦端を切らなくても、開戦の大義名分はいくらでも用意できてしまうのが現状らしい。

オリンピックの開催期間中は戦争をしないという約束が効果を発揮したとしたならばこの行事は一定の効果を発揮できたと言える。ロシアやウクライナの選手が冬季競技に関心がある国であることも奏功したかもしれない。

戦火にさらしてはならない

これからが重要な局面だ。精神的な抑止が一つなくなったことがどのようにこの先の展開に関係するのか予想できない。これも報道によれば、ウクライナもロシアも自分のほうが被害者であるという意識をもっているらしい。一方的な侵略戦争よりやっかいな相互憎悪の関係がある。さらにはEUやアメリカの利権も絡む。語弊を恐れずに言えばさらに多様なステークホルダーがこの戦争を利用しようとしているようだ。

戦争で得られるものはない。

大統領の罹患

 トランプアメリカ大統領がコロナウイルスに罹患したというニュースは世界に衝撃をもたらした。選挙の直前ということでその影響力は甚大だ。まずは回復をお祈りしたい。

 トランプ大統領がこのニュースで特に注目されるのは、自身がウイルス軽視の立場を取り続けてきたこと、その結果世界でもっとも死者を出した国になっていることである。政策次第では被害者の数が軽減されていたのではないかという説もある。

 大統領が国民のロールモデルであるという考えはアメリカにはないのかもしれない。尊敬すべき存在としての国家元首という考え方はなさそうだ。自分に利益をもたらす人物であれば多少問題を抱えていても構わないのだ。トランプ失脚を恐れているのは税制上優遇されている富裕層だろう。

 大統領の罹患という非常事態でも、心配の対象は彼の健康ではない。大統領はそういう立場の人だといわれればその通りだが、何ともやりきれない思いが残る。

無言の抵抗

 言論の自由が奪われると人はどのように行動するのか。それを具象化しているのが香港からの報道です。香港国家安全維持法なる統制のための法律が施行された後、市民は自分の考えを自由に表明できなくなりました。そこで起きたのが無言の抵抗です。

 レノン・ウォールといわれる色とりどりの付箋紙を壁面に張り付ける行動は、一見するときれいな装飾のようですが、これは共産主義に対する強い嫌悪感を表明したものだといいます。ジョン・レノンが平和に関するメッセージを積極的に行ったのは有名ですが、そのなかにはかつての中国共産主義に対する痛烈な批判もありました。武力で人民を圧倒する手法についての反対していたのです。

 チェコの人々はレノンのこの考え方に共鳴し、平和のメッセージを壁面一杯に描きました。これがレノン・ウォールの起源の一つなのだとか。香港の人々はそれを踏まえ、弾圧されないために何も書かれていないカラフルな付箋を町の随所に貼っているのです。

 おそらく当局は別の口実をこしらえて色彩豊かな付箋紙を貼り付ける行為も弾圧することなるでしょう。中国の思想統制の方法は徹底的であり、それが今日の政権を支えているのですから。共産主義国家に香港のような地域があったことは中国にとっては利点だったはずです。自由主義圏との窓口として有効に使えるはずだったのです。それを閉じたことは国際社会からの一層の孤立と、それゆえの自己肥大化の道を選んだということなるのでしょう。

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