このところ晴天続きで空気が乾燥している。爽やかな陽気はよいが、少々厄介なのは風邪の心配だ。マスク着用生活が日常となったためにインフルエンザの流行は少なくなった。昨季は非常に少なくなったと思う。
しかし、これは新しいインフルエンザウイルスへの免疫力が後退したことに繋がるのではないだろうか。証拠がないので単なる危惧に過ぎない。コロナ対策だけではない健康管理をしなくてはなるまい。
国産のコロナ対策ワクチンの開発が進んでいるらしい。遅くなってしまったが安心感はまず。色々大変な季節でもある。
日々の思いを言葉にして
タグ: 健康
このところ晴天続きで空気が乾燥している。爽やかな陽気はよいが、少々厄介なのは風邪の心配だ。マスク着用生活が日常となったためにインフルエンザの流行は少なくなった。昨季は非常に少なくなったと思う。
しかし、これは新しいインフルエンザウイルスへの免疫力が後退したことに繋がるのではないだろうか。証拠がないので単なる危惧に過ぎない。コロナ対策だけではない健康管理をしなくてはなるまい。
国産のコロナ対策ワクチンの開発が進んでいるらしい。遅くなってしまったが安心感はまず。色々大変な季節でもある。
このところ新型コロナウイルス感染者の数が非常に高い水準を続けており、数値に対する感覚が麻痺している。以前は3桁になっただけで一大事と考えられていたがいまはそれが目標だ。
ロックダウンの議論が出てきているがわが国で行われることは相当難しい。重傷者の数が増えているとはいえ、幸いにも私の関係者には一人もいない。つまり深刻さに関する実感が湧かないのである。
社会生活を止めても予防効果があるのか否かについてもまだわかっていない。接触しないことが感染を予防するという事実もどのくらいならば許容されるのかも想像している段階だ。
恐怖を拡散する必要はないが、ここらで事実を整理していただくのはどうだろうか。政治家の皆さんは支持率低下の恐れがあるが、ここは勇気を出していまできていることとできていないことを明らかにしてほしい。現状を把握できれば無謀な行動は抑止できる。そこから国民の行動は決まってくるのだろう。
若い頃は酒を飲むと調子が出た。本当は違うのかもしれないがそう考えることができた。それに比べて今は明らかに飲むだけで調子が落ちる。特に寝酒はだめだ。
飲酒には様々な苦い思い出があるが、それよりもいい思い出のほうが数十倍多い。だから、つい習慣的に飲んでしまうものだ。最近、外食ができないせいもあり、家で缶チューハイのようなものを飲む機会が増えた。飲むときは楽しいが翌朝かなり調子が悪い。おそらく体力的に酒を受け付けなくなっているのだろう。
習慣を変えることは難しい。悪いとわかっていても続けてしまう。だから、自戒をしたことを他人に話して自分を追い込むしかないことになる。このブログの読者の皆さんは私が今日誓うことの証人になっていただきたい。酒は週1回までにする。いやもとい。2回までにする。週2回の飲酒を超えないということをとりあえず宣言する。
久しぶりにジョギングをしてみた。体が重く前に進まない。すぐ息が上がる。予想通りの現実があった。軽い筋肉痛を覚えて懐かしい感覚だと思った。
これを続けるか否かで何か変わる気がする。あくまで血流をよくするための軽い運動として続けてみたい。
何事も新しいことを始めるにはならしが必要だ。いきなり結論を求めるのは止そうと考えている。
緊急事態宣言は1ヶ月延長する可能性が高いと報じられている。効果はあるのだろうか。
私は東京都と神奈川県の境に住んでいるためおかしなことに直面している。東京都に位置する飲食店は休業もしくはかなりの時間短縮、数km先の神奈川県ではもう少し長くやっている。人の行き来も多い。
政治家としてできることはこれしかないのだろうか。あまりにもむなしい。ワクチン接種の普及に全力を注いでいただきたい。調達が難しいのは事実のようなので、どうしたら無駄なく多くの希望者に接種できるかの方策を綿密に考えてほしい。
やれることをどのようやるのか。叡智を集めなくては。
1年前の今日の朝だったはずだ。かなりの高熱が出て激しい頭痛が長く続いた。しばらく様子をみようと考え一日伏せていたが軽減しない。これはもしかしてと考え、不安に襲われた。恐らく数日の話だったが私にはかなり長く辛い時間だった。
市販薬を飲んでも熱が下がらず、連休中のことゆえ病院も開いていないと心配したところ、かかりつけの病院が発熱外来のみ受け付けると言っていただいた。ありがたい限りだった。
行ってみると完全な防護服の医師と看護師が迎えてくださった。診察の結果、コロナウィルスの可能性はかなり低いがレントゲンに気になるものがあるので念のためということで地域の大病院を紹介された。この時のご恩は忘れない。
翌日大病院にいくと、やはり若い看護師と医師が防護服姿で診察をしてくれた。感染リスクに身をさらして私の相手をしていただいたことになる。PCR検査の結果は後日になるということでその日は帰された。
まだこの段階ではコロナウィルスの情報が少なかったために、どのような症状が出るのか知られていなかったと記憶している。味覚障害については周知されていた。それがないことだけを心の救いにしていた。ただ、その後も熱は下がらず、激しい頭痛があった。薬局がしまっていたせいなのかいつものような処方がなかったのも苦しみを長引かせたのかもしれない。
翌々日、保健所から陰性の連絡があり、取りあえずは安心した。思うに職場などで感染予防のために窓を開けて仕事をしていたために、風邪を引いたのだろう。その後もしばらく頭痛はあったが次第に治まっていった。
それから1年を経過して幸いまだコロナウィルスには罹患していない。この日の不安や、医療機関の皆さんのことを思い出すと複雑な気分が浮かぶ。そして同様の思いをしている人がいまも多数出ていることを考えるのだ。
昨日は台風並みの強風と激しい雷雨、さらには初夏の強い日差しが繰り返される大荒れの一日であった。不安定な天気は外出を自粛させようとする政治家の方針には合っていたのかもしれない。
ただ、最近の感染者数、死亡者数の伸びはかなり深刻なものになっており、おそらく連休後にすぐに取り下げるという判断はしにくい状況にある。さらに延長となれば産業界への影響は避けられないだろう。ワクチン接種の促進が解除の鍵となるのだろうがこれも進んでいない。素人のたわごとだが、薬業の基礎体力をつけてこなかった国策が裏目に出ているのではないか。
大荒れの天気に東北の地震まであり、不安は高まるばかりだが何とか乗り切るしかない。逆境は進歩の土壌となる。それを逃すべきではない。
コロナウイルスは変異種が拡散しつつあるということだ。感染力が上がり、若年層でも重症化する確率が上がったという。ウイルスのように短いサイクルで再生産されているものは変異が起きやすく、そのなかには強毒化するものも含まれると聞いている。ここまで蔓延すると簡単にはウイルスの進化を止められない。
その結果、再起動が期待されていた社会活動が景気よく始まることができなくなっている。多くの人が気づいているようにafterコロナはなく、withコロナの時代に入ったといえる。どのように厄介な病魔を飼いならしていくのかを考えていかなければならない。

緊急事態宣言が解除されたあとも新型コロナウイルス感染者数は減少せずむしろ漸増の傾向にある。新型株なるもののせいなのか、たんに検査数が増えてきたからなのかはわからない。大阪や宮城のように首都圏以外の地域の動向も気になる。
このままこの傾向が続けばまた様々な制限がかけられるだろう。それにともないいろいろなことができなくなる。また変わらなくてもいいものまでが変革を迫られる。妙な言い訳がまかり通って大切なことを見失う。ワクチンの購入は国家的に進めてほしいが、同時に国内企業への開発奨励も進めてほしい。
世界のシステムが一気に変わりつつある中で、その行く末を見極めたい。さらに、創作提案することもあきらめてはいけない。いまは変化のときだ。誰かに追随するだけでは立ち行かない。
近隣の動物園に行ってきた。小動物が中心の市営の動物園で入場料もいらない。珍しい動物はいないが、間近に見られるのがよかった。
鳥類の展示にはみなフィルムが張り付けてあり、外気を遮断していた。掲示によると鳥インフルエンザ対策という。人間はコロナウイルスのためにマスクをつけ、鳥は透明なフィルムで囲まれている。まったくこの世は油断ならない。目に見えないものに対してこんなにも怯えて過ごさなくてはならないことに少々疲れてきたのは事実だ。
まだ我慢しなくてはならないことは分かっている。その我慢が多くの人を救うことも。しかし、理解することと感情とは別にあるようだ。やり場のない悲しみだ。飛び立ちかねつ鳥にしあらねば。鳥もダメだった。