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外見とは違う

 見た目は昔のものだか中味は最新型というものに魅力を感じる。最近、折りたたみ携帯電話型のスマートフォンが発売されてかなり惹かれている。

 クラシックカーを電気自動車にしたり、見た目は昭和の電化製品なのに中身の機能は最新の技術に溢れているというものが他にもある。わざわざ昔のデザインに合わせるのはかえってコストがかかると思うがそういう遊び心はあっていい。

 エイジド加工ならぬ見た目を骨董品に見せる方法もあるとよい。小型化した現代の機器を昔の道具の中に忍ばせて使うのも面白い。リサイクルショップで外側を探してみよう。

人のスペック?

 自己肯定感が低いのが日本の学生の特徴であるとは、昨今の世論調査の示す事実のようです。どうせ私はと考える人が多いのは商品同様に人材もコモディティ化しているかのような錯覚を与える社会になっているからかもしれません。

 コンピュータの性能を表すスペックという数値があります。CPUの演算能力やディスプレイの解像度など、パソコンを選ぶ時の基準となる数値です。最近、これを人間にも当てはまる表現をしばしば目にします。身体的なデータに加えて、就職先、年収、結婚歴などが数値化されてスペックと表現されているのです。ある種の企業にとってはこれが選抜の基準になるのかもしれませんが、実はこれも自己肯定感損失の大きな要因になっていると考えます。

 他人と比較する数値において特別に目立つ存在になることはかなり困難です。そして自分よりも数値が上の存在を知ることで得られるのは失望が大半とあれば、何もいいことはありません。私も含めて多くの人は凡庸であり、それゆえに社会が成り立っているといっても過言ではありません。

 問題なのは凡庸な数値を持つ私たちが等閑視されてしまうことです。実は個々人が別々の背景を持ち、積んだ経験も少しずつ違うのにも関わらず、あたかも同じような人、その他大勢のような扱いを受けてしまうのです。それでは自己肯定しようもなく、むしろ無力感に覆われるばかりです。

 私たちは個々人の個性を認められる環境を作らなくてはならないし、その意味で人材を生かさなくてはならない。ダメな人たちではなく、ダメだと思われている人たちの本当の輝きを見つけなくてはならない。自信を失った人たちに役割を与えなくてはならないのです。

 あまりにも単純な人間の扱いが現在の危機を招いているというのが私の考えです。私たちは自らの持てるものをもっと活用することを考えなくてはならない。それが生き残るための最低条件です。

形から変えてみる

 形から変えてみることも大事です。膠着状態を破るきっかけの一つにはなります。

 現状の打破がなかなかできないときには内容よりも外見を変えてみるという手もあるのではないでしょうか。外見が変わればそれに伴う環境に多少の変化をもたらすことができます。付け焼き刃でもしばらくは効果があります。そのうちに中身が追いついてくるかもしれない。それを待てばいいのでしょう。

 長らく使った衣装を着替えることは勇気が要ります。これまで培ったイメージを捨てることになるかもしれない。それでも次の段階を目指すためには、場合によっては評価を一変させる手段が必要になるのです。

特化の弱点

 北陸新幹線が先の台風による洪水被害のために使えない車両が発生し、ダイヤが大幅に乱れています。新幹線は人的な輸送に関しては根幹となっており、それが不通になっていたり、本数が減ったりすることは地域社会にとって大きな打撃です。

 新幹線は路線ごとにある一定の条件のもとで設計されており、他の路線からの代替が効きにくいという問題があるそうです。北陸新幹線は長いトンネル走行や、勾配の大きな路線を走り、なおかつ風雪にも耐えられるように設計されているのです。単に形や色が違うだけにはとどまらないそれぞれの個性は魅力的ではありますが、このような非常事態には弱点を露呈してしまいます。

 汎用性と特殊性のバランスについてはいろいろな場面で問題になります。新幹線の例は一つの教訓としておくべきだと感じています。特殊性、個性に至ることで得られることは大きいですが、それだけではまずい。いわゆるつぶしのきく分野をしっかりと確保しておくことが必要なだと。