期待感を抱きやすいのがこの季節である。年度の変り目と言うのが大きいが、花開き水温むという自然の移ろいも関係している。
根拠のない思いだと言われればそれまでだが、人は気持ちで動くものであって、やはりそういう感覚は大切なのだ。私たちには考えたことをどこがで実現させようとする深層心理があるのかもしれない。
ならば自他に期待感をもたせるのは世のためにも自分のためにもなる。冬は終わった。素晴らしい春になる。これだけでもいい。そのように思い、発言することでほんの少し何かを変えることができる。
日々の思いを言葉にして
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エネルギー問題が深刻化していく現状において、いかにエネルギーを活用するのかは大きな問題です。太陽光や地熱、潮力などの新しいエネルギー源を開発する技術に関してはもっと進めるべきであると思います。
それと同時に今あるエネルギーをいかに効率よく使うのか。無駄な手順をどのように変えていくのかということは同時に行わなくてはならない工夫です。個人の力でもできることは実に些細な省力にしかならないのですが、それでも多数の人が実行すれば大きな数値になります。例えばごみの捨て方なども、あるものをすべて捨てるのではなく、使えるものを再利用したうえでどうしても使えなくなっただけ捨てていくようにこころがければ焼却にかかるエネルギーの節約になるわけです。そういうアイディアを共有してよいものは互いに真似しあうというのが小さな省力化の原点になります。
我が国がかつて国内生産だけでほぼすべてをまかなっていた前近代の社会事情をみるとリサイクルやリユースとみなされる様々な工夫がなされていました。廃品回収を生業とする職業が多かったのも少ない資源を最大限に活用していたことを表すものです。もちろん、江戸時代と現代では生活の水準が異なり、過去の方法をそのまま復活することは困難です。
また、大量消費に支えられている産業があることも事実です。多くの人が消費を渋り、リユースに傾いたら産業衰退につながるという考え方もあります。ただ、なにを優先すべきなのかを考えるならば、よいものを長く使うことの方にシフトするべきでしょう。壊れやすいがとにかく安い、壊れたものはゴミになる、という製品から少々価格が高くても想定できる耐用年数が長いものを尊重し、メンテナンスの方に商機を見出す、という流れが必要なのでしょう。
大量生産、大量消費、大量廃棄という段階を越えてメンテナンスを充実して長くものを使う時代に転換するためには修理屋の社会的地位をあげていく必要があります。壊れたら頼りになるメンテナンス関係の技術者を増やし、彼らの技術を高めていくことがこれからの時代の重要課題になります。