
北千住の駅のディスプレイが変わっていた。前にも何度か書いたが、私は幼年期にこの街に住んでいて断片的に記憶が残っている。銭湯もその一つである。当時は自宅に風呂がなく、銭湯通いは必然の生活風景だったのだ。現在はその面影はない。が、私の覚えている北千住はもっと地方都市感があった。人口は多かったが、平屋がほとんどで下町の情緒が横溢していた。
銭湯に行くときは父か母に連れられて行き、それによって男湯に入るか女湯に入った。覚えているのは父の頭の洗い方は痛く、少し不快だったことだけだ。男湯には入れ墨の人もいたように思うが特に恐れもしなかった。関心があったのは風呂上がりに紙のキャップで封じられた瓶の牛乳が飲めるか否かだった。恐らく当時の父の収入では贅沢はできなかったはずで、毎回飲めるとは限らなかったと思う。
銭湯から当時の我が家まではそれほど距離はなかったはずだ。その道なりに多くの人とすれ違い、さまざまな店が声をあげて客を呼び込む姿を見た気がする。夕方から宵の口にかけての賑やかな街の様子が朧気に想起される。
もしこの千住の街にもっと長く生活していたとしたら、どんな人生があったのだろうか。そんな妄想をすることがあるが、所詮それは無意味なことと思った瞬間に思考停止に陥いる。私はそういうもし、ならば、という段階がいくつもあるのでそんなことを考えては止めることを繰り返しているのである。いまはそれで正気を保ち、日常に立ち向かっているが、まもなく訪れる人生の転機の後で、この妄想に付き合ってみてもいいのかもと考え始めている。
