ポピュリズムをうまく利用することが今回の選挙の鍵になっている。実現可能か、副作用がないのかといった検証を飛ばして、今の窮状を何とかしてくれそうな甘言をいう政党が支持されている。
この背景には既成政党の怠慢と無策があるのは事実だ。自公政権は結果的に日本の政治を減衰路線に導いており、ヤミ献金問題に象徴的に示されているように緊張感のない政治を蔓延させてきた。結果として多くの成功の機会が奪われ、国民をミスリードしてきたと言える。
でもそれに代替する政策を展開できる政党がない。野党は多極化し、それぞれの権益を主張しているが、政権交代をしようとする気概が感じられない。だから、次の内閣を任せる選択ができない。
このような現状ではポピュリズム政党が台頭しやすい。個人の知名度によって成り立つ政党が乱立し、その中で一部がぎりぎりで当選するという段階があった。それが個人のタレントではなく、スローガンの魅力によって支持を集めるフェーズに変わった。そのスローガンは曖昧だが魅力的に映るものだ。今回ならば日本人ファーストなる言葉だ。自分は日本人だから尊重してくれるのだろう。最近、外国人ばかりで何となく怖い。ここは排外主義に一票投じた方が良さそうだ、と思わせてしまう。
その外国人の多くが低賃金で働いてることを、その職の中には過酷な条件で働いてることをどれだけの人が理解しているのだろう。彼らを解雇するとその穴を埋める日本人を用意しなくてはならない。そういう人がこれから必要になりますとなぜ言わないのか。その辺に不誠実を感じてしまう。
何か現実感のない論法が当たり前のようになってしまったのは恐らく社会の仕組みに問題があるのかもしれない。私たちは誰かが作った情報に頼るのではなく、個々人が自分の置かれている現状を評価する方法を身につけなくてはならない。これが曖昧なまま日々を送るようになったことが問題点であると考える。

あまり今回の選挙に関係ないかもしれませんが、少し昔にアメリカの株高主義の経営でものづくりが軽視されたことを思い出し、日本も資本主義が進んだんだなぁとこの今日の選挙運動を見て思いました。
ゆえに格差社会になって、派遣や低賃金の若者が怒って当然だと思います。
だからといって、社会主義や共産主義が本当にいいか?というのはある体験を通して、多いに疑問ですが、選挙で考えると平和のことを考えるて選択肢が一つしかない。昔は公明党だって、戦争に反対してたのに、、、なんでこうなったんだろう?と思います。自分が少しはゆとりがあって生きていけないと、平和のことも考えられない、、、危ない状態、下手したら引き返せないところまできているのではないかと、ちょっと怖いです。