普段は組み合わすことがないものを、ふとしたきっかけで一緒にしてみると実にうまくいくという経験はあるだろう。ミスマッチという語の裏の意味はすでに市民権を得ている。
そういう試みができるのには、余裕と思い切りのどちらか、または両方が必要だ。失敗を恐れず組み合わせてみるか、破れかぶれでやってみるか。成功する確率は低いが、挑戦を重ねた上で獲得したものは大きい。
ミスマッチから生まれた新機軸もたくさんあったはずだ。民族学でいうブリコラージュのようなものも一種の新しい取り合わせを生む機会だ。失敗は成功の素であり、やってみたらすごかったはよくある話なのだろう。
ならば、既存の考え方に囚われず、常に試してみるという精神は必要であり、そのように心掛ける必要がある。効率性しか口にしない昨今の状況ではこうしたことは無駄としか考えない。それでは新しい可能性は開花しないのだ。