変革期の作品の魅力

 激動の時代を生きた人の人生には見るべきものがある。おそらく本人は大変な苦労をしたはずだ。人間不信になったり、死を覚悟して強引に物事を進めた人もいるのだろう。そんな中でも自分の心の在りようを表現できた人は偉大である。

 最近、岩波新書の高橋英夫著『西行』を読む機会があった。いわゆる日本文学研究者ではない筆者にとっては西行は単なる過去の有名歌人ではない。人が変革期に何を表現できるのか。そして、個人の開拓する表現世界は何かということに素直に関心を寄せてきたことが分かる。

 私もかつて古典文学を研究してきたことがあった。そのときには研究とは客観性を重視するもので、私自身の思いを極力排除するべきだと考えていた。また、周囲の人々もそう勧めてきた。でも、よく考えてみれば人間を評価する際に客観的という概念は成立するのだろうか。またその人間が作る文学というものを計る尺度があるのだろうか。

 いわゆる文芸評論家と言われる人の言説を読むのはかつてはあまり好きではなかった。立場によりその評価が変動することが公平ではないように感じていたのである。でもよく考えてみれば公平などありえない。自分の立場で自分の考えることを語るしかないのだ。

 西行に限らず、時代の変わり目の文学には見るべきものが多い。それは沿う感じる自分の人生があるということなのだろう。私の場合、安定した時代を生きてきたから、そういう過酷な時代を生き、なおかつ表現することを続けた人たちに素朴な尊敬の念を感じると言うことなのだろう。

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