過去の映像

 動画サイトなどで昭和の中ごろの映像をみることができる。デジタル修復技術によって鮮明によみがえった写真や動画はまるで映画の風景のように見える。例えば戦後間もないころの東京の映像は、貧しいが活力のあるさまが映し出されている。おそらく復興のエネルギーやさまざまな矛盾が横溢していたに相違ない。

 今と違ってうつむいて歩く人はいない。スマートフォンがないからである。和服を着ている人も多く、男性は帽子をかぶる人が多かったようだ。建物はほとんどが平屋で、狭い歩道に肩を時にぶつけながらも人々が歩いている。こういう風景がかつてあったことに驚くのである。

 現在の日本の風景も数十年後には奇異に思われるようになるのかもしれない。ほとんどの人がデジタルデバイスに魂を吸われているように持ち歩き、やたらと写真や動画を撮る。おそらく未来の人はスマートフォンは持たないだろうし、写真や動画も含めておそらく着用型、もしくは埋め込み型となっているのかもしれない。人口が激減したため、町は閑散としているがそれでもいまより多くの情報が行き交い、さかんにビジネスも行われているのかもしれない。あるいはすべてがうまくいかず廃墟が続くようになるのか。それは分からない。

 過去の映像を見ている自分と、未来に後輩たちにみられる今の自分を思って不思議な気持ちになっている。

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