寄り添うこと

 寄り添うという表現は現代の人々には印象強く感じるらしく、随所に見られる。他者の考えや感情、立場を洞察してそこに身を置くことである。ただ、当然ながらその意味には幅がある。

 弱者に寄り添うというときには、強い哀感と同情する気持ちが伴うはずだ。しかし、これには階層性がある。自らと相手との距離が遠く、客観的観念的に寄り添うことができる場合もあれば、自分も似た境遇にあつて、痛切な情念を伴う場合もある。この一線上に正負のグラデーションがあるのだ。寄り添う気持ちの切実さは濃淡がある。

 最近使われる寄り添いの意味は淡色のものが多いように感じる。もちろん、こういう概念を使う時点で他者を意識した感情が表出しているのであり、有意義であると私は感じる。ただ、単に相手の状態を観察するだけの段階を寄り添うと言うのは少し違う気がしてしまう。

 日本でも少しずつ格差拡大が進み、分断化が水面下で進んでいる。他者に寄り添える能力はこれを止める力となるはずだ。この問題を取り上げる機会を増やす必要がある。

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