年齢とともに獲得したもの

 子どもの頃は演歌が嫌いだった。短調で恨み言や我慢することばかりが歌われ、どの曲を聞いても同じように聞こえた。昭和の歌謡番組は演歌もいまでいうJ-POPも同じ扱いだったので、若手のアイドル歌手の後で演歌の大御所が歌うことは普通にあった。

 歳を重ねるにうちに演歌の味わいも分かるようになってきた。そして今風と考えていた当時の言葉で言うニューミュージックも演歌的要素がメロディーや歌詞に多分にあることが分かってきた。これは現在のはやりの曲でも同じことが言える。

 少年時代に演歌がなぜ受け入れられなかったのか。語弊を恐れずに言えば日本人になりきれていなかったということになる。これは国籍の問題ではなく、心的傾向としての日本らしさといった意味である。生活がアメリカナイズされ、資本主義的な価値観で過ごす子どもはどうしても日本人が本来持っていた屈折した人生観を送らなくてはならない状況への健気な対応という心性への理解ができないのだ。

 演歌の精神が分かりかけたとき、かつての存在感はなく、もはや滅びつつあるものになりかけている。というのは言いすぎだが、少なくともかつての勢いはない。紅白歌合戦でも演歌のときには必ずおまけの余興が用意され歌を集中して聞くことができないものだった。

 年齢とともに理解できるものもある。いまの若者はシニアになったときに何に目覚めるのだろうか。

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